42 救出部隊
「今のは助けろの合図だ! 野郎ども、総員突撃だ!」
「何故そなたが指揮するのだ! しかもガラが悪い! 我らは誇り高き王軍、格調高く、突入! ボルナは本陣へ伝えよ! 全軍総攻撃を請うと! 急げ!」
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外のヤクタたちが雄叫びを上げて突入を開始した頃。
サディク王子は迷っていた。もちろん、迷子ではなく、自分がとるべき行動についての判断に迷っている。
門を叩き斬るアイシャを見るまで、どうしても半信半疑だった。素直にこれこそ神祐天助かと従ってきたのは、今までどう思考を凝らしても、完全に手詰まりだったからだ。
いま、ついに道が開けたのを目の当たりにしてさえ、半信半疑は氷解しない。
並んで歩けば頭が胸の下あたりまでしかない、小さな町娘だ。町人口調の話し方も、貴族社会に揉まれてきた王子には、無礼どころか実は半分も通じていない。まさしく異物。
いま見ているのは夢ではないかとの疑いは、むしろ増している。
だが、そうであってもなくても、娘ひとりに戦わせて、戦士が隠れているなど許されない。他人の評価はともかく、戦士を自認しているサディクなればこそ、飛び出さざるを得ない。
それなのに、体が動かない。敗北の記憶と恐怖が、体を縛り付けている。走ろうとしても走れない悪夢のようだ。
物陰のサディクが歯噛みする間にも、アイシャは動きを止めない。
崩れる門には目もくれず左右の敵兵を斬り払い、外側のオーク族兵が誰何の声を上げる間もなく、さらに4人を屠る。ようやく槍を構えた穂先を斬り飛ばし、宙に浮いた槍の刃を毬打のように蹴り飛ばし、3人を行動不能にする。
ここにきて、いちばん外側にいたオーク兵2人が逃亡を図る。
その走り去る先は、サディクの隠れ場所の方向だ。
「あっ、」と思わず声が出て、流れが止まるアイシャに、残る9人が槍を揃えて突きかかる。
数瞬、防戦一方になるアイシャ、それを尻目に逃げていく2人のオーク兵。そこに現れた新しいオーク兵が手並みも鮮やかに斬り倒す。すわ、督戦隊か。逃げる兵はこのようにしてやるぞという脅しか。オーク族たちに緊張が走る。
一方、アイシャはひと安心だ。あれは、まだオーク兵の服をまとったままのサディク。さっきまでは弱っている気配だったが、何があったやら、回復したらしい。アイシャも敵の動揺につけいって、攻撃に転じる。
その時、外からの喚声、それに続く銃声が響いた。
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「ヤクター、こっちー! サッ…王子様もいるよー!って、どうしたの大勢で!」
「居たから、連れてきたんだよ。便利だろ? それにしても、相変わらず派手だな! で、どうする?」
相変わらず、で済んで、ヤクタは話が早くて助かります。相棒とは得難いもの、って本当ですね。
「そうだ、向こうでヤザン爺やが足止めしてくるって、行っちゃってるの! ファリス坊ちゃん、助けてあげて!」
「あなたに坊っちゃんと呼ばれる謂われはない!が、承った。それくらい出来ねば、名折れというものだ。サディク殿下はまかせる。もうじき、援軍も来るはずだ。…急ごう、者ども、行くぞ!」
見ると、サッちゃんはもうオーク族の服を脱いで王子様モードだ。いつの間に。これは、機を見るに敏というやつですね。でも、こうなるとどうにも王子様って感じで、サッちゃんとは呼びづらくなるね。つまらない。でも、せっかくなので最後に呼んでおこう。
「じゃあ、私たちは帰りましょう、サッちゃん、ヤクタ!」
「サッちゃん!!?」
軍人さんたちも、ヤクタまで驚いているけれども、これは王子殿下の家来になりたくてやってるわけじゃないアピールで、譲れないところだ。いまここでだけ、わたしと王子様はただの友達。町の手習いの先生に自慢してやるんだ。
そのサッちゃんは赤面してうつむいて、地面を蹴ってる。やだ、カワイイ。
「そういえば、さっきヤクタ、銃を撃ったの? どうだった?」
「外した。ぶっつけ本番じゃ難しいな。いまここで弾を込め直す時間もないし、評価はまた今度だ。」
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「ここまで来たら、夜風が涼しいですね。えー、王子様、じゃない、殿下様。お疲れ様をおかけしました。」
「何だ、“サッちゃん”はもう終わりか。」
「お迎えの大群が、もうそこまで。」
「あ、あぁ……そうか、意外に普通だな…。」
夜風に髪をなぶらせながら、男は名残惜しげにつぶやく。
「どう報いればいい。何が望みだ。」
少女は、情緒を理解していない面持ちで、
「この先のヤーンスの町が戦火に呑まれないようにお願いします。あと、いくさが続いても税金が上がらないと嬉しいです。」
「そ、そうか。素朴な願いだな。」
「ちゃんと勝ってくださいよ。」
どうにも散文的な要望を越えてこないので、サディクから話を振る。
「なにか、余に個人的な願いはないのか。出世とか、身分とか。」
アイシャは思いもしないことを言われたような顔ですこし考える様子だったが、口に出しては一言。
「ないです。」
ヤクタが王子の後ろから必死でハンドサインを送っているが、見ないふり。今ここでカネを出せと言うのもあんまりだろう、と妙な格好をつけたがっている。
言われたサディクも、なぜだか頭を抱えて、絞り出すような、諭すような声色で語る。
「欲を出せ。もっと欲を持て。それだけの、何でも出来る力を持って、無原則にフラフラされていると怖くてたまらん。」




