39 メレイ総司令
お昼に訪ねたメレイさんの部屋に忍び寄ります。おじさんが一人になったときにちょっと入り込んで2、3こと話してお暇する予定だったけれど、ずーっと代わるがわるの誰やらと打ち合わせ中で、タイミングを逃して、もう夜。
この人、晩ごはんは食べないのかしらと呆れた頃、やっとタイミングが到来したので、突入だ。
「おこんばんは。総司令官って忙しいんですね。お話したかったんですけど、なかなかお一人になってくれなくて。」
「おぉ、貴女か。部屋から消えてもらっては困る。しかし、剣だけでなく忍びの達人でもあるのなら、お願いしたいことが100万個ある。金貨100万枚からでリクルート。どうだい。」
「金貨ひゃくまんまい?」
煙に巻く前にいきなり機先を制された。このスピードも外交テクニックだろうか。
「この国の法では、庶民は金貨1枚盗めば1家族の首が吊るされる。100万家族の命を救う仕事なら、少ない報酬だ。他に何が欲しい。かの王子の命を救ってやるくらいなら、まだいくらでも積めるぞ。」
参りました、スケールが段違い。これが、帝国主義。
「ちなみに、総司令官様のご年収は、いかほど?」
「大将軍の役職の年金は3万枚だな。諸々の仕事についてくる収入を合わせれば、20万枚くらいにはなるだろうか。」
「司令官様の5年分? そ、そんなにもらって、何をさせられるか、怖いですね。」
「そうだな、例えば……」
前置きのあと、鳶色の瞳から突き刺すような視線の圧力を受けて、たじろぐ姿を見せないように必死で耐えます。これ、考えてることとか、いろいろ読まれてるんじゃないかしら。恐ろしい、帝国の大将軍の迫力。これじゃ、王子様、勝てないよ。
「皇帝の首。」
「…こっちの王様じゃなくて?」
「……」
なんだろうコレ、何て言うのが正解? 怖い、すごく怖い。何が怖くてこんなに怖いのかわからないのが怖い、おしっこちびりそう。とにかく、何でもいから何か言わなきゃ、と思った瞬間、圧が消えました。
「フフッ、冗談だよ、冗談。…楽しかったよ。」
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パチリと、メレイが音高く指を鳴らす。瞬間、アイシャの足元の床が崩れる。
落とし穴だ。
間を置かず、穴の中に待機していた5人の暗殺者が短槍を突き出す。
アイシャは、これに気づいていた。一度見せた仕掛けをそのまま使うとはいかにも芸がない。
これに関しては、人から警戒されづらい、悪くいえば舐められやすい、それは外見的にも内面的にもだが、そういった自分の特性をある程度自覚的に利用していることの効果が出たともいえる。
例えば前回、床から飛び上がった刺客を、剣豪らしく首をはねる、武人らしく制圧するなどしていれば、将軍も警戒して別の対策を講じたことだろう。だが、手品のように躱して、襲われたことを怒るでもなく、退けたことを誇るでもなく、「きのう面白いことがあったんだよー」って明日のお喋りのネタにしよう程度のノリで済ませたために、それで済んでしまったのだ。
足下に5人の気配があり、殺気が漏れている。穴が開く前から気づいていて、あらかじめ優位なポジション取りを心がけていた。その上で、散々に脅されて神経が高ぶっている状態だ、予兆を感じ取るのは容易い。
床を突き破って攻撃されるか、床が落とし穴になるか、アイシャには判断に迷うところもあったが、先に心は決まっていた。
のこのことここにやって来た目的のその2を達成するために、あえて落とし穴に飛び込む。床が崩れる直前、軽く飛び上がって態勢を整え、短剣“ミラード号”を抜き、開いた床から突き出された槍の穂先を斬り飛ばす! そのまま、槍であった棒の断面に着地し、さらに剣を振るう。
「しっかり仕留めてやりな。」あのときのヤクタの言葉が脳裏をかすめる。ひとりでできるもん!と言って来た以上、相手が本気で自らの誇りにかけてわたしを殺そうとしているのであれば、しっかり仕留めてあげる。
目をつぶって1回転、5人の頭部を切断し、落とし穴の上に飛び上がる。
そこには、メレイが胸を押さえ、口から血を吐いている。その胸には槍の切れ端が刺さっている。最初にアイシャが斬り飛ばした槍の穂先だ。
アイシャの目的のその2とは、ここで総司令官を負傷させ、敵を混乱させて脱出の手助けとすること。そのために、狙って飛ばした。だからピンピンされていても困るが、致命傷にはしない。彼をいま死なせるのは、あまり良い結果にならない予感がする。
「ごめんなさいね、できれば、次は普通に楽しくおしゃべりしましょう!」
この期に及んで暢気なことをアイシャが口にしている最中。
メレイを背後から抱えて介抱していた側近らしき男が、総司令官の胸に刺さっていた槍をつかみ、さらに深々と刺し抉った。そして叫ぶ。「Huwa assassin(暗殺者だ)!」
予想しない展開に、一瞬呆然とするアイシャ。メレイはそんな少女を強い目で睨みつけ、何ごとかを叫んで、絶命した。
別の側近が投げナイフを放ち、抜刀して襲いかかる。その段になってようやくアイシャは我を取り戻し、逃げにかかる。手当たり次第に灯籠を壊し、倒し、天幕に火を放つ。騒ぎを聞いて駆けつける人の波をかいくぐり、急いで王子のもとに駆けつけなければ!




