34 夜営
スパイクイズの回答。【農夫】は地元民だけどオーク族の協力者にツテがあって、情報を集めたりして売ってる人。【旅人】はオーク族の、この農夫さんとの連絡員。【行商人】は、国の和平派の人で、オーク族の人たちともなぁなぁで馴れ合って、こうやって連絡を取ってる。OK?
「大体その通りだ。それほど隠す話でもなかったからな。個人的にサディク殿下を応援する気持ちはあったが、これで第3王子派も諦めただろう。国土が戦火にさらされることだけは避けられそうだ。」
返答があったのは【行商人】さん。立場も考えも、わからなくはないけれど。
「でも、うちのお父ちゃんの商売は税金が上がったら潰れちゃいそうだから。さぁどうぞ、とはいかないですよ。
堅実で賢いみなさんには悪いけれど、わたしは起死回生一発逆転の目を狙います。あしからず。ヤクタ、行こう!」
「なんだ、もう満足したか。ま、雨宿り休憩には丁度よかったな。」
小屋を出ると、雨は止んで、鈍色に塗りつぶされた雲間から、すこしずつ光が漏れ届き始めている。
振り向くと、玄関先まで3人の男衆が見送りに来ていて、
「死天…武神姫ちゃんが何をするつもりか知らんが、怪我しないように気をつけてな。」
なに言ってるんですか。それを探るのがあなたの仕事でしょう。愉快すぎるスパイさんですね。思わず大笑いしてしまったけれど、
「こんな事があったと報告はするが、真面目に受け取るやつはいないよ。イヤ、楽しかった。じゃあな。」
「干しオレンジをあげよう。また遊びにおいでネー。」
「困ったら相談には乗れるから、訪ねてこい。」
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大きく手を振って暢気な間諜たちと別れ、雨上がりの街道を行く。
今日の夕方まで早歩きに歩けば、明日の昼過ぎには敵陣近くまでたどり着けるらしい。問題があるとすれば、
「今晩って、泊まれる所あるの? こう地面がびしょびしょじゃ、野宿もできないと思うけど。」
「そりゃあオマエ、我慢するしかねェよ。雨が止んだんだから、これ以上の望みは贅沢ってもんだ。つっても、都合のいい集落とか廃屋とかがあったら最高なんだが!」
結局、その日はたまたま見つけた、隊商の野営地的な広場で夜明かしをすることになった。戦場に近いためか、他に誰も使っているひとはいない。世界はいまだ湿っていて、焚火を起こすのも難儀するだろうとアイシャには思われたが、その辺はヤクタが魔法のような手際でやってのけた。
ニッコリ笑って謝意を示せば誰かがやってくれる、と自然に思っている自己肯定感の鬼・アイシャには、出来ないことを殊更に恥じる悪徳の持ち合わせもない。だが、ヤクタには少し思うところがあるようだ。
「昼間の3バカの件だけどな、」
「んー?」
日が沈んで、空が群青色を濃くしていく。焚火に照らされたヤクタの、赤みがかった濃い黄色の瞳を見るのがアイシャは好きだ。油断のない獣の目が、揺らぐ炎でさまざまに照らされて、まるで夕日を透かした森の木漏れ日ようだと思う。
「アタシはどうやってアイツらとの殺し合いをやってのけるか、そればかり考えてて、まさかお土産もらってニコニコ別れるなんて、いまでも理解できねぇ。」
「ヤクタなら1人でもあの3人に勝てたと思うよ。…でも、そうだねぇ……
わたしは昔っからおじさま連中には人気者だったからね。話ができるなら悪いことになるような気はしないね。反対におばちゃまには嫌われることが多くて、市場に行ったらおっちゃんたちがオマケをくれようとするのを、阻止したい御内儀さんと、オマケが欲しいわたしで戦いが…何の話だっけ。」
「何でもない。ただ、あの感じでオーク族の司令官とのほほんと喋れたら、勝手に王子様が解放されてるみてぇなことも無くはないのかと思ったら、気負ってたのがバカバカしくなってな。」
「あ、そうか。侵略者オーク族も人だって、まだいまいちピンときてなくて。暴れるつもりしかなかったんだけれど。ん、干しオレンジ美味しい。食べる?
でもそうだね、オーク族のおっちゃんでも人なら、わりとみんな気のいいおっちゃんなんだろうね。殺さないで済めばいいなぁ……」
「ホントに大丈夫かそのオレンジ。いや、大丈夫そうなら貰う。旨いな。…無理なら、何の義理もないんだから、急いで逃げて親父さん探しに戻るぞ。それでいいんだろ?」
「そういえば、オークじゃなくて、何て言えって?…モン…モナ?」
「モンゴールスとかじゃ?」「そうだったかな?」
*
気がつくと、空は菫色に明るんでいる。いつの間にか寝ていたのか、よくあの体勢で眠れたものだ。焚火の前で身を縮めて座っていたと思っていたら、横倒しになって体を丸めて眠り込んでいたようだ。身を起こそうとすると、もう一枚毛皮を上から掛けてもらっていることに気づく。ヤクタ……キュンとしながら周りを見ると、そのヤクタが格好良く座りながら眠っている。渋いぜ。
火は燠火になって熱を残している。これも、夜中にそっとやっていてくれたらしい。せっかくだから、夜明けにもまだ早いけれど、朝食の準備をしよう。のそのそと身支度を始めるアイシャだった。




