31 街道
「囚われの王子様を救う姫騎士、ってわけか?」
「姫騎士…は、ちょっと。騎士じゃないかな。姫はいいね。そうか、名乗りが何かあったほうがいいかな。」
何かを始める前から話し合いは迷走を始めている。
「じゃあ、姫は残して。…棒で殴ってくる姫。行き当たりばったり姫。王子の妹弟子姫。蛇喰い姫。」
「もう、真面目に考えて!」
「いや、自分で考えろや。」
「うーん、カワイイ姫。スーパー強い姫。武神様くらい強い姫…」
「あっ、武神姫でいいんじゃね?」
「そう? 敵に襲われたら、“武神姫アイシャ、参上!”…いいかも。いいよ、さすがヤクタ。」
「オーク族には言葉通じねぇけどな。せっかくだからポーズも考えるか?」
“武神姫”。二つ名を自分で考えたアイシャ。目標の大胆さを考えればもっと他にやるべきことはいくらでもあるはずだが、本日の打ち合わせは、いくつか決めポーズを試して発生した羞恥心のために終了。明朝出発して、その後のことは流れで決めることになった。
*
朝からの雨。
2人そろって不運を嘆くが、野戦陣を敷く敵の動きは鈍るし、敵斥候の目も届きにくくなる。悪いコンディションとは限らないのだ。
元来そういった機微のプロであったヤクタは詳しいが、それはそれとしてやる気は出にくい。ど素人のアイシャは言わずもがな、「明日にしよっか」と寝間着のまま朝食の準備をする体たらく。
さすがのアタシもオマエほど暢気じゃない、思わずそう言いたくなったヤクタは「カードで決めようぜ」とポケットから謎カードを取り出し、アイシャに引かせる。結果、いま出立することとなった。
そぼ降る雨に濡れながら、石畳の街道を行く。領都行きと反対方向の、2人とも足を踏み入れたことがない方面だ。
「めったに降らない雨が降ったってことは、やっぱり今日はやめとけ、って神様のお告げじゃないの?」
この期に及んでも不満顔のアイシャ。
「神様って誰だよ。武神様か? アレなら直接言いに来るんじゃねぇの? カードの数字が、神様の意見だぜ。」
別に、ヤクタとても喜々として雨に打たれているわけではない。機嫌は悪い。続けて、
「問題の、敵さんが居座ってる場所までは軍隊が歩く速さで3日ほどの距離だ。武神流の早足で1日半かな。もう少し早いかもしれないが、雨だから遅くなるとして、やっぱ、1日半だろ。
のんびり時間かけてたら奴さんたちも前進し始めるだろうから、敵陣に忍び込むなら早く行かないと。」
昨日話しておくべきだった基本的なことだが、大事なことだ。アイシャはそういうところをごく自然に人任せにしていて、何も考えていない。
ヤクタは、そういう部分を先んじて受け持って、あわよくば甘い汁を吸うために、なるべく都合よくアイシャを動かそうとしている。そしてそのことを隠そうとする気もない。見る人が見れば“自分のことしか考えてない悪党”そのものだが、総合的な評価が下せるのはまだまだ先になるだろう。
アイシャの方は、客観的にその行動を眺めるならば、もうちょっとどうにかなって欲しい感はあるが、まだまだ人生初心者のやること、見守ることも大切だ。
「それにしたって、雨が強くなってきたよ。あそこの小屋に逃げ込ませてもらおうよ!」
延々と広がる平地に一本の街道が伸びている。街道はイルビースからヤーンスは馬車の轍も刻まれた立派な石畳の道で、ヤーンスを出てもしばらくはそれなりに立派な道だったが、この辺りから先はだんだん、踏み固められた土の道になっている。道の整備が追いついていないというよりは、近隣の農地などの整備の際にちょっとずつ石材が失敬されていったりしたためだろう。例えば、この小屋の石材とかに。
その小屋の軒先に駆け寄って、かしましく天候に文句を言いながらしずくを振り払う。そんな2人に、小屋の中から男の声が掛けられた。
「あんたたち、中に入っておいで。軒先じゃ濡れっちまう。火もあるから、さぁ。」
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小屋は、農機具を置いたり、農夫の休憩スペースその他のためのもののもよう。質素だけれど、粗末ではない丁寧な作りが光ります。
「あぁ、助かります。おじさんは、農家の人ですか?」
「おう、水路の見回りにな。やンなっちまうよ。」
玄関で濡れそぼった外套を脱いで、温まった部屋に入ると生き返る気分。大きな息が漏れます。
「そっちに一人先客がいるんで、まぁ、揉めないでやってくれや。」
部屋の中央の炉に火が焚かれていて、旅装の男が1人火にあたっています。どうも、とペコリ頭を下げつつ見たところ、武力は60ほどもある。まあまあ只者ではない数字で、油断ならないぞ。
それを伝えようとヤクタの袖を引くと「ん、トイレか?」。相変わらずのデリカシーの無さと以心伝心の取れなさ。仕方ないので耳打ちして、でもそれはそれとして私たちも火にあたることを優先しようか。
外の雨音も、屋根の下で温まっていると眠気を誘う心地よい音に聞こえてくるから不思議。農家のおじさんがくれた白湯をすすりながら、男の人達に気をつけてと自分で言っておいてだけれど、どうしようもなくウトウトしかけていると、表から戸を叩く音が。
「雨に降りこめられて難儀している。すこし雨宿りさせてもらえないだろうか。」
おっと、もう1人追加。お外だけではなく、建物の中までなんだか怪しい雲行き。




