25 深夜の徘徊者
東の大手通の界隈は不夜城のにぎわいをみせる領都だが、北市街の夜は早い。
しかし、この数日はどことなく空気がざわついていて、静かな夜であるのに落ち着かない。
アイシャはあてがわれた屋根裏部屋で、寝間着の上に肩掛けを羽織り、ベッドの上に座っている。狭い部屋だが、父と兄と一緒に客間で雑魚寝をするより個室なのはありがたいし、小さい窓から稀に月明かりが差し込む景色は気に入っているので不満はない。
今晩はヤクタが訪ねてくるというので、いつもなら寝ている時間だが、起きて待機している。やることもないので、戯れに、どこまで遠くの気配を探れるか試している。
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野良犬が歩いている。路地裏に不審者がたむろしている。酔っ払いが広場をふらついている。警邏の衛兵が表通りを歩いている。武神流で測る戦闘の力――略して武力と呼ぶことにしよう――を探ってみよう……30から40。低くない? 大丈夫かなこの街。
裏通りに…あれはヤクタと叔父さんだ。政治活動の会合らしいけど、問題なく済んだみたいだ。叔父さんの武力は…24。弱いじゃん叔父さん。まぁ、武装して戦う力であって、ひ弱な女の子を殴る力じゃないものね。それにしても…あれ、このままじゃ衛兵さんと出くわすよ、大丈夫かな?
気配を飛ばしてここからヤクタに指示したりできないかな? できたらいいのに。ヤクターっ、うしろー、に、下がってー! …ダメかな。
足が止まった。衛兵さんと叔父さんが話してるんだ。なんだか心臓がバクバクしてきた。いま叔父さんが逮捕とかされたらどうなるんだろう……あ、動き出した。
普通に別れたんだ。平和じゃん。わたしが絡むと不思議に問題が大きくなる、って実は正解?
なんかムカちんです。やるせないです。こんな夜はフテ寝するのが一番! おやすみなさい!
*
「おい、起きろー。起きたら返事しろー。」
――ああ、何だろうこの摘み上げられる感じ。なんだか懐かしいな。
「ふあーぃ…
あ、寝てた。起きてなきゃいけなかったのに。ヤクタお疲れさま。大丈夫だった?」
「あられもない大開帳で眠りこけやがってて、よく言うぜ。こちとら、部屋に忍び込んでいいものか3分ほど悩み抜いたってェのに。まぁ、いいや。起きてるか。」
「うん、起きた。窓から入ってきたの? 賊っぷりが抜けないねぇ。」
「うるッせェ黙れ。とりあえず言うことだけ言うぜ。」
わたしをベッドに放り投げて、お昼の一別後に決まったことを話し出しました。
まず、銃のための火薬と弾丸は明日のお昼までに用意してもらえるとのこと。これだけあれば20発ぶん作れる。余った硫黄は特急料金として頂くが、次の注文のときには割り引いてやるぜ、って。そんな、少なくてよかったんだ。だいたい硝石と硫黄、同じくらいの量を渡したけど本当に必要な量はどれくらいだったんだろう。
次からは、ついでにナヴィドさんからのサービス情報。捕まえた毒蛇さんから出てきた情報も含む、その情報料金だって。
なぜ、彼らはこの街にいたのか。森でサディク王子の暗殺に大失敗して、隊長も失って、壊滅的な被害を受けて、あまつさえ銃も奪われたせいで、生き残りの隊員は格下げ、散り散りにどうでもいい部署に回されたということ。
なぜ、その毒蛇が叔父さんを狙ったのか。それは叔父さんが実はサディク王子の部下の、裏手下の、闇手下として政治団体に潜り込んでいる立場の人だったので、誘拐して情報を得ようとしていたらしい。あぶなーい。
「サディク王子様って、この前、出くわして褒美をくれたあの第3王子様だよね。」
「その王子様らしい。個人的に王位を狙ってるとかではないけど、活躍して目立ちたいとか、人の話は聞いたほうがいいとかいって、妙な連中を近づけたりしてて宮中では要注意人物になってるらしい。
変に人望があるせいで、一声上げたらあっという間に軍勢が組織されて出陣してしまったんだって。つっても、どうでもいいけどな。」
「濃い人だったよね。ノリはわからなくもないかな。うん、どうでもいいよね。」
あの王子様の、全身の筋肉を探るような視線を思い出すと未だにゾワッとします。嫌いじゃないけれど、ちょっと怖い。
「ま、そういうことだからケイヴァーンには、アイシャはその王子から懐剣をもらって密命を受けているんで、なるべく言うことを聞いてやれって伝えてる。感謝しろよ?」
「わぁ、嘘じゃん。いいの、それ。とっても嬉しいけど。
…じゃあ、明日、お昼に火薬ができたら、朝に出発するお父ちゃんたちを追いかけに行けるんだ。そうそう、わたし、何を準備したらいいのかな。パンでしょ、水でしょ、着替え? …寝床はどうしよう?」
「雑多なモンはアタシは用意するよ。アンタはいま言ったのと、カネだけ持ってりゃいいよ。寝床は、着替えが布団代わりだ。それと剣だ。あの剣、ずん……?」
「あ、ずんばる丸~番外編はナヴィドさんとこに忘れてきちゃった。捨てられちゃったかな、ただの材木だったし。このずんばろう丸五世は身分証に使えるから汚さないほうが良さそうだし。
お昼に使ったやつ、ミラード号を貰うか買うかして持っていこう。ちょっと短いけど重さはちょうどよかった。」
暴力叔父さんのこと嫌いじゃなかったのか、と聞かれて戸惑ったけど、ネズミ婆はともかく、わたしは殴られてないので、考えてみるとずいぶん警戒が緩んでいます。
あの人が本当に女を殴る男だろうか、と考えると、殴る男だろうと確信はむしろ深まったけれど、わかっていれば対処もできようというもの。うまくやれば、それなりの人間関係を作れるんじゃないかという気がしないでもない、です。
結婚は絶対にしないけどね!




