24 刺客
そもそも、ミラード叔父さんはどういう人で、なんでオーク族の刺客なんてけったいなものに命を狙われているんだろう。話がこうなってくると、会話が全然足りてなかったんだなぁと気づきます。
ヤクタ相手にも、あらためて考えてみればお父ちゃん相手にも、自分のために言うべきことを言えてない。ちゃんと言わなきゃ、とは思うんだけど、ねぇ。
「おい、剣豪アイシャ武神流さん。急に止まって、どうした。」
「あ、いや、考え事。ちょっとね。そうだ、刺客の毒蛇さん! あらら、気づかれちゃった。わたしって目立つのかなぁ。」
今、刺客さんは向かいの建物、2階建ての民家の2階にいて、裏手に移動している。
「路地から、あの家の裏に回ろう!」
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敵を追って走ること20秒。人1人の幅でギリギリの狭い路地の真ん中で、前を行くアイシャがいきなり膝をついた。
「どうした! 何かされたか、オイ!」
――ハヒッ、ヘヒッ、ヒュゥーー、ゲハッ、ひェヒ、ヒャふ、はッ、ハッ……
うずくまるアイシャを心配そうに覗き込んだヤクタは、その肩に置いた手をいったん放し、背をさすってやる。
「急に走ったもんな。体もびっくりするわな、鍛えてなけりゃな。ホントどういうことだよ武神流。」
「お……」「ん?」
「お腹…痛い…ぜぃ…ぜぇ……足がつりそう…」
「ゆっくり休め。これからどうするかは、また考えようぜ。」
「待って……来る…はっ…はぁ…30秒…かせいで…」
何だって言うんだ。問いかけて、ヤクタは機敏に立ち上がり、剣を抜く。
路地の前後に、怪しい男たちが立ちふさがり、油断なく三日月刀を構えている。
「Intom in-nisa f’dik il-foresta, hux?」
「Min int! Għaliex int hawn?」
「何言ってんのかわかんねぇよ。人の言葉を喋れよオークども。ひょっとして、お目当てはコイツかね。」
ヤクタにも、細かい数字ではなくとも多少は相手の実力を推し量れる。見込みは甘くなりがちだが、その勘がなければ今まで生きてこれはしなかった。
1対1なら、負けることはない。この地形で1対2でも、上手くやれば勝てる。殺される心配はない。だが、アイシャを守りながら、という条件が付いたならば、これは全く無理だ。
30秒稼げというなら、稼いでみせるさ。そのかわり、復活したら働けよ。
路地裏の4人の中でもひときわ背の高い女は、剣と一緒に腰に差していた包みをほどき、高く掲げる。彼らの一団から奪った銃だ。
一瞬、男たちに動揺が走る。その隙に、正面の男に向かって銃を構える。
構えはしたが、火薬も弾もないので撃てはしない。そもそも火縄の存在を知っていない。構えたといっても何の知識もないので、相手が銃を知っていれば児戯そのもののハッタリであることが知れてしまうだろう。
普段の戦いなら、この瞬間に銃を投げつけ、さらに目潰しを追加して、陰から斬りかかりつつ正面の敵の背後に回る。だが、今はできない。こうしていると、30秒は意外に長い。足もとからコヒュー、コヒュゥと頼りない呼吸音が上ってくるのが焦燥を掻き立てる。
案の定、ハッタリは3秒でバレて、正面の男がムカつくニヤケ顔を晒した。後ろの男が無遠慮に近づいてくる。潮時か、とヤクタが銃を後方へ高く投げ捨て、剣を構え直した時。
足下に地獄の口が開いた。
一瞬、ヤクタも刺客たちも濃厚な死の気配に足がすくんだ。0.5秒にも満たない自失が過ぎたとき、後方の刺客が脳天を強打されて大の字に倒れ、その2メートル先でアイシャが地に伏し、むせてえずいているのに気がつく。
音高く、投げ上げられた銃が落下する響きに先立って、一瞬早く立ち直ったヤクタが、もう一人の刺客の胸を刺し貫く。
*
「あれ、武神流の殺気か? すっげぇ。先に一回浴びてたからわかったけど、こいつらには災難だったな。…ホントに大丈夫か?」
「ゔぇー。死ぬかと思った。助かったよ。普段から武神流の体の使い方が出来てたらこんな時もへいちゃらなんだと思うけど、“いつでも武神流”はなんかちょっとヤだなぁと思ってたら、これですわ。困る。」
戦闘モードの時のアイシャは、一切の無駄を省いた神秘的なまでに理想の動作で、爆発的な力を発生させつつ消耗もほとんどないレベルに抑える、武神流の秘奥義を意識せずに使用している。だが、日常の延長の動作では相変わらず不器用で体力ゼロの自分が出てきてしまう。致命的な弱点を抱えている彼女の現状であった。
「大丈夫そうだな。確か、体鍛えても筋肉つかないんだっけ? でも、ちょっとは鍛えろや。キモチ変わるだろ……
コイツは何も持ってねぇな、そっちはどうだ。」
「気絶で済んでるから縛ろうかと思ったけど縛り方がわからない。教えて。」
「ああ、途中までやってくれたのか。えーっと、ん? あれ? ……アイシャ。人は、何でもは出来なくてもいいんだ。こういうことは、アタシに任せてくれたらいいから。」
転がった男を後ろ手に、それっぽく縛ろうと試みてぐしゃぐしゃに絡まったロープを見て、ため息をついたヤクタは膨れっ面になったアイシャに提案する。
「もうこれでいいや、オマエん家でムシロ買って、包んで持っていくよ。」
「毎度あり。え、持っていくって、手で担いで? すごーい。」
「ジジィの上街のアジトが近くにあるんだ。こっちの死体も回収してもらおう。」
「あ、それだけど、火薬、急いでくれない? お父ちゃんが明日ヤーンスに帰るっていって、それで行方不明になるんだよ。鹿狩りとかもうどうでもいいから、こっそりついて行って守らなきゃ。」
「お、おぅ。なら、急がなきゃな。じゃあ、今晩夜中にでもオマエん家に忍び込んで連絡するわ。寝てるんじゃねぇぞ。」




