23 店員さん
翌日から、アイシャの生活は父の監視下に置かれた。叔父の店の手伝いも始めるということで、掃除や帳簿の計算などをしている間だけは、父も所用のために外出するので目が離れる。
息が詰まる生活だが、先日の下街の火事は100人に迫ろうかという死者が出たという噂で、いくらか盛られた感はあるが、上街のこの辺までピリピリとした空気が流れており、フラフラ多出するのもはばかられるのは事実だ。
また、人目を盗んでちゃっかり、父の硫黄と硝石の在庫を手元に確保しているので、“何もしてないのに…”と被害者ぶるのは天地人が許しても読者が許さない厚かましさでもある。
記念すべき初労働をしている件については、面倒事をなにかの罰に押し付けられている程度の感覚でこなしているため、特にこれといった感想はない。
いちおう、先日の件で何か動きがあればヤクタがどうやってか連絡をくれる話にはなっている。根拠があっての信頼ではないが、そう言うのなら彼女はそうするんだろう、と、待ちの姿勢のアイシャだった。
事態が動いたのは、5日めのことだ。
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「父さんな、一度、家に帰って残してきた荷物を取ってこようと思う。
手で引く荷車では最低限しか持ってこれなかったけど、ミラードが馬車を貸してくれるというから、ライ兄さんが荷車をもって、家以外なるべく全部引き上げてくるよ。戦争は、まだもう少しの間ヤーンスまで届かないらしいからね。でも急ぎになるから、アイシャには悪いけど、ここでお留守番していてくれないか。」
「えっ、もう?」
「もう、って?」
急な話でビックリしましたが、これは神様の予言で見たやつだ。“未来のわたし”もとい“後のネズミ婆”の運命では、これっきり、お父ちゃんは待てど暮らせど帰って来ない。
そして無駄飯ぐらいしか出来ない自分ではミラード叔父のお嫁さんになるしか生きていく術がない、そういう運命だ。
それだけは避けねばならないから、お父ちゃんがこれを言い出したらどうにか言ってついて行って、身を守ってあげなきゃならない。そのはずだったのに、ヤクタと銃と火薬の件は途中だし、そもそも剣豪?になったことも未だに話せていない。
「あ、いや、わたしも一緒に行きたいナー、って。」
「ダメだよ、残念ながら。荷車には積めるだけ荷物を積むんだから、次はアイシャを乗せるスペースはないんだ。頼むから、大人しく待っていてくれ。」
「むーっ!」
来るときに、甘やかされるまま当然の顔で荷車に乗っかったツケが回ってきて、真っ向の正論で身動きが封じられてしまいました。
どうしたものだろう。最悪、こっそり抜け出して、お父ちゃんの馬車の後をつけて歩こうか。必要なのは、パンと水と、あと何だろう。火打ち石! それと……ヤクタだ。ヤクタがいれば大丈夫!
明日のお父ちゃんの出発に向けて知恵を振り絞りながら店番をしていると、考えていたその黒衣の大女が白昼堂々、ぶらりと店先に現れました。
「よぉ、探す手間が省けたぜ。ケイヴァーンいる?」
「叔父さんは奥で書類仕事中。店員さんは配達業務中だからわたしが店番。ちょっと出世して任せてもらえるようになったんだ。じゃなくて、ヤクタ、こんな所まで来て大丈夫?」
「アタシを何だと思ってる 「盗賊。」 今は違うね。カタギさ。銃に使う金が浮いたから、金1枚でジジィに身分証を偽造させたんだ。
ところでアイシャ、今晩抜け出せる? 例の、ケイヴァーンを狙う毒蛇の刺客が来るらしい。仕留めたら、その足で首を持ってくから、何だっけ、必要な石、アレも持ってきてくれ。」
相変わらず話が早くて助かります。夜に出かけるのは難しいけど、叔父さんと一緒ならワンチャンスあるかも。最近は叔父さんとなるべく仲良くして懐柔しようとしてるから。女の子はつらいよ。
*
「すまねぇ、護衛にアイシャの手も借りたいって言ったけど無理だったわ。まぁ、当たり前だよな。しょうがないから、火薬になる石を預からせてくれよ。」
奥の部屋で叔父さんと話してきたヤクタが役立たずなことをいいます。まあ、預けるのは構いませんが、彼女1人で刺客を倒せるんでしょうか。それに、ひとつ気づいたことがあります。
「ねぇ、刺客のオーク族の毒蛇って、森を抜けた時のアレだよね。一昨日辺りから近くに2人、たむろしてるんだけど。」
「マジか。仕事で聞いてたのは1人なんだがなぁ。」
「どうする? いま、両方、退治しちゃう?」
ヤクタは大袈裟に天を仰いで、
「大丈夫か? アイシャが絡むと不思議に問題が大きくなるからなぁ。今度はこの街が……まぁ、いいか。協力頼むわ。」
なにかご不満でも? じっとりとした軽い殺気を送ってやると、ビクってしました。あの黒いムキムキの大女が。これは楽しい! ついはしゃいでしまいそうになりますが、先にやるべきことをしなければ。
「おじさーん、ちょっとだけ店番お願いしますー!」と奥に向かって大声を出してから、返事は聞かず、売り物の模造剣とロープを失敬して、お外へ出発!
「おいおい、どうするつもりか、考えがあって動いてるんだろうな。この真昼の街なかで殺っちまうのか?」
「しないよ、そんなこと。ちょっと、こっそり殴ってふん縛るだけ。縛るとこから先はヤクタにお願い。」
何度も一緒に行動してるのに、なかなか以心伝心とはいかないようです。わたしのイメージではヤクタはなんでも出来るので、つい甘えてしまいます。そのヤクタは、「縛るのはいいけど、その後どうすンだよ」と渋い顔。まぁ、縛ってから考えてください。




