232 お屋敷の暮らし
国の命運をかけることになってしまった決戦から20日あまり。サディク王子様との一別の際に請け負った仕事も無事にこなして、王都で再会。
今までのご褒美の第1弾として、お城にも塔にも近くなる、シーリンちゃん邸よりも大きく立派なお屋敷をもらった。ホントにいいのかしら?
聞けば、先日の不良貴族が悪事を働いた事件のアオリで住む者がいなくなったものを王室が接収したのだとか。
問題が起きたのは、ヤクタが気まぐれを起こしてモンホルース帝国への使節団に参加を表明してしまったこと。
「サディクにもオマエにも、負けてるわけにはいかねェ」ってどういうこと。ぐぬぬ。意味がわからない。
*
今は、マリカちゃん姫が目をハートマークにしてヤクタの手を握って質問攻めにしてる。気持ちはわかる。
わたしの暴力の強さは嘘っぽい貰いものだけれど、ヤクタの人としての強さは彼女がヘヴィな人生のなかで培ったものだ。大きくてカッコよくて、単純に強い人には憧れるよね。
シーリンちゃんもお姫様と話して、わたしはサッちゃんとの打ち合わせ。それをしばらくこなして、王族さんたちは帰っていった。
さあ、わたしたちはお屋敷にお引っ越しの準備だ。
運び込むべき荷物は多くはない。っていうか、屋敷のサイズを完全に持て余す。応接間はともかく、パーティーできる大広間・ダンスホール、とか王様のお成りのための御座、上級貴族をもてなすための貴賓室、とかはしばらく封印だ。
シーリンちゃんも「実家よりこっちのほうがいい」って移り住んでくるつもりらしいけれど、部屋はいくらでも空いているから、どうぞどうぞ。ロスタム爺やと家族も来ちゃってくれてOK。マリカ姫様が警備員も手配してくれるらしい。
「侍女とかも手配しましょうか?」って提案をもらったけれど、これに関しては嬉しい知らせがあったから断っちゃった。
わたしが塔とか王宮とかを訪ね歩いている間、爺やには冒険者ギルドとのやり取りをお任せしていたんだ。
預けていた暗殺者に関してはまだ調査中、動きがないまま。でも、受付ちゃんが執拗に推してきた妹さんからの手紙というのを爺やが預かってきて、渋々ながら読んでみたら驚いた。
その妹さんというのが武神様云々よりずっと昔、ヤーンスの町で暮らしていた頃の小さな友達、テマリちゃん(8話末の挿話に登場)。
とっても懐かしくて、是が非でもすぐにでも会いに行きたい。だのに、わたしの今の立場は不安定でとても小さな子供を巻き込めない。
そう思っていたところ、警備付きのお屋敷をもらえたので、むしろ呼び寄せたほうが安全かもしれない! ということで、名誉侍女頭のポストを用意してギルドで面接の用意を手配してもらった。
楽しみだ、楽しみすぎる!
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時間は瞬く間に過ぎていく。引っ越しの作業や住居としての準備・整理、テマリちゃんとの再会、ご近所さん貴族に挨拶。気まぐれに遊びに来るのはサッちゃんだけでなくマリカちゃんやソルーシュ第2王子も、一度だけアスラン王太子も遊びに来た。
どこで聞きつけたかジュニアも、偉いさんと顔を合わさないようにこっそり来たこともあったし、神祇庁の役人さんや神殿のお坊さんが訪ねてきたこともあった。ほどほど無難にお帰り願ったけれど。
暗殺者関連もなかなか進展がない。ギルドの方でも「そんな数日でスピード解決はしませんよぅ」と、気長な構え。
これはわたしがせっかちなのかな?ってサッちゃんに相談してみたら「平和裏にやる政治の争いはウン十年かけてやる長期戦だ。焦っても仕方ないさ」と絶望的な回答。世の中、そんなものかしら。
ミラード叔父さんがサッちゃんに対面に王都へ来るのも秋を過ぎるらしい。言付けていたとおり、ギルドを通して連絡が来た。
これは、本当にわたしが急ぎすぎていたみたい。シーリンちゃんに聞いてみても、そりゃそうだ、って気のない答え。彼女は自分の結婚式の準備で忙しくして働いている。手伝いたいけれど、いろいろ聞くのも邪魔になるようでなかなか構ってもらえない。
仕方がないので、塔にでかけて聖女様たち誘ってみんなでピクニックしたり、ヤクタや爺やから乗馬・野営の手ほどきを受けたり、テマリちゃんがカミラ侍女先生から侍女レッスンを受けるのに横から参加してみたりして日々を送っている。
聖女様たちを気楽にお外へ連れ出していることは結構な問題になったらしいけれども、武神様を引っ張り出して奇跡で“説得”すれば役人さんに勝ち目はない争いだ。
聖女様たちも参拝者のギャラリーさんたちも喜んで、なしくずしに政治の争いも有利に進むように相手を牽制できる。我ながらいい手だと思う、続けていこう。
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……そんなふうに過ごすうち、いつの間にか空気に秋の匂いが漂い始めた。
収穫を済ませた農家の地主さんが街に出て小金を落としていく季節。ヤーンスの町ではこの景気に向けて一年の仕事を組み立てていて、請負の仕事の出荷もそろそろ済ませた頃。今年も頑張りましたで賞の秋祭りの時期だ。
王都ではそういう素材や商品が各地から上がってきて、まさにこれからの稼ぎどき。貴族街でも仕事を済ませた地方領主が上ってきて社交や政治にいそしむことになるらしい。
それに備えてソワソワした雰囲気が王都じゅうを包んでいる。塔の周りの宿や商店は尚更、おのぼり巡礼者の取り合い準備に余念がない。
チケット屋のお姉さんに内定している身としては、いつから働けるのかもまだ目星すら立たない状況でも勉強はしておかなくちゃ。
塔の内部は、あの壊れた神像と床の修理代金の見積もりさえできていない。それもできなきゃ、観光チケットどころの話じゃないよね。
神力でパパっとできないだろうか、武神様に聞いてみたら[せめて素材は用意しておかないとお前、大変なことになるぞ]と釘を刺されているので、素材の手配を急いでもらっているところだ。それさえ、いつになるやら。
だとしても、今はわたしの気持ちもソワソワしている。シーリンちゃんの結婚式の日取りが決まったんだ。
そんな急ぐ必要あるの?って思うけれど、実はお婿さんになるメガネくんのレストランの開店準備が異様にスムーズで迅速に進んでいるということで。そのオープンより先に済ませたいそう。
なんでも、メガネくんの寡黙で実直な人柄がシーリンちゃんパパ男爵と一家にすごく好かれていて、ガツガツした実の娘よりも本当の息子のように思われているみたい。
彼も30過ぎて戦争に志願して最前線で死にかけるほど戦う男だから大人しい人じゃないよ、って言ってみたら「そこがますます良い」んだって。家族総出の猛プッシュだ。
そういうわけで、シーリンちゃんはキラキラしながら忙しく走り回っている。羨ましい。
友が皆、我より偉く見える日よ。
聞いたことがあるような詩を口ずさみながら、夏の終わりを感じる。
また、短編をひとつアップしました。前に書いた短編の続きです。
『コンニャクと月とスッポン と 七本槍 ~魔都の日本酒バル~』
https://ncode.syosetu.com/n8352jk/
夜にどうぞ。