231 別離 2
思わぬ背後から裏切りの一撃。
シーリンちゃんと爺やは普通にヤクタの今後の活躍をお祈りしてる(文字通り)派なのか。まあ、実際正論だし一般論だ。
わたしだってお祈りしてないわけじゃないんだ。でも、3年のお別れは長すぎる。今、わたしが14歳。来春の出発なら15歳のときから18歳になってしまう。ヤクタも22,23歳?
たしかに将来は全然これからで、何十年も続いていくんだから、いま我慢して将来に備えるのは理屈では正しい。
「ヤクタに居てほしいのは切実な話なんだけれど、わたし、そのぶん贅沢させてあげたりとかの見返りは期待されるほど出せないと思うよ?
最初に言ってた、わたしの出世に乗ってお金持ちになる計画なら、この依頼を請けるのが理屈は通ってると思う。
……ヤクタは、王都に残ったら何をするの?」
「別に。何も考えてねェなぁ。逆に、何かしないといけないのか?」
「いや、いけないってことは何も、ないのかな?」
「ちょっとそこのおっちゃん、純真なアイシャちゃんにダメを伝染さないの! アイちゃん、人は働いて生きていくんだからね。どんぐり拾いでも草むしりでもぉ、何か人のためになることをしていかなきゃ。」
「余計なお世話だぜシーリン。アタシたちはもう一生分でお釣りが出るほど人のために働いたんだから、あとは余生さ。昼まで寝て、起きたら酒のんで飯喰ってうんこするだけ。何が悪い。」
険しい顔で睨み合う友人2人に挟まれた。ああ、わたしのために争わないで。いや、もうわたしのためじゃないのかな? それでもバトルはご容赦いただきたい。
シーリンちゃんは暴力は振るわないのに闘志自体はわたしよりあるのが面倒な人だ。話題を逸らしていこう。
「これは明日返事しなきゃいけないヤツじゃないから、もうちょっと考えよう。それよりシーリンちゃん、あの、侍女さんを呼び出す魔法道具、どこにやった?」
「魔法道具?……あの呼び鈴?ゴメン、どこやったっけ?」
おい!
「あ、道場だぁ! ゲンコツちゃん道場に預かってもらってるよ。あそこには報告もしなきゃぁいけないわ。明日行くね。アポ無しでも大丈夫かなぁ?」
*
次の日、みんなでゲンコツ道場に赴いて協力してくれたことの感謝と、ゲンコツちゃんがハーさんと一緒に残っていること、戦いでの働きの報告などを述べた。
彼女もついでで半神になったことまでは伏せる。いま、彼女どうなってるのかしら。使節にハーさんが参加するということは、ゲンコツちゃんもついていく構えかな。
道場主さんたちからの反応はストレートな感情ではなかったけれど、おおむね感謝といって間違いじゃない対応をしてもらえたので、良しとしたい。
そのまま、厳重に保管してもらっていた細かな私物を受け取って、問題なく再入手した呼び鈴を鳴らす。と、実は監視されていたんじゃないかと疑わしいほど速やかにカミラ侍女先生が現れた。
「ご案内いたします。こちらへ。」
静かに深くキレているようなテンションで、わたしたち3人は馬車に案内されてどこかへ走り出す。
ロスタム爺へは家族サービスを厳命していて、メガネくんは何やらめちゃくちゃ忙しいらしい。わたしも、悪いけれどこの3人のほうが落ち着くので都合がいい。
馬車は王城を通り過ぎ、太陽の塔がずいぶん大きく見えてきた辺りの立派なお屋敷の門をくぐって停まる。うながされて降りると、庭園でマリカちゃん姫とサッちゃんがお茶をしながら待っていた。
「ん、たしかに魔道具、受け取りましたわ。貴女が噂の、カーレン男爵の有能なご令嬢ね。仲良くしてもらえると嬉しいわ。」
「そ、そんな! お、おおお畏れ多くも光栄に存じます!」
マリカちゃんが猫を被って微笑みかけると、シーリンちゃんが見たことないような取り乱し方で這いつくばる。
そして「見なさい。本来、王族に対してはこのように接するのよ」みたいなイヤらしい笑みを向けてくるお姫様。そういう本性を見せてくるから尊敬しきれないんだよ。
で、サッちゃんは謹慎してたんじゃなかったの?
「俺のは自主謹慎だったからな、抜け出しようはいくらでもある。アイシャを見てると正直、真面目にやってるのも馬鹿らしく思えてきたんだ。
それで、だな。この屋敷はたまたま空き家になっていたのをマリカ管理の財産で買い上げたものだが、アイシャへの報酬の第一弾だ。ここに住むといい。塔へも通えるし、俺も城を抜け出して遊びに来やすい。」
「私からも、オーク皇帝の婢にされずに済まされたお礼をちゃんとできてなかったのですもの、これくらいはさせてくださいまし。ご不満なところがあったら何でも言ってね☆」
おぉー、と、ヤクタとシーリンちゃんからわたしを見る目がわかりやすく変わる。そうだよ、わたし、お姫様から感謝される仕事をやり遂げた現代の偉人なんですのよ。尊敬してほしいわ。ねぇ、サッちゃん。
「そうだな、しかしアイシャの仕事はこれからが肝要だぞ。ベフランから聞いていないか? この国の今後百年のために、宗教勢力、地方勢力を抑えながら国民の支持を油断なく取りつける必要がある。革命家は現状、地方勢力の尖兵だが上手く取り込んでやらないとな。
その基本的な道筋はアイシャが出してくれた案でバッチリだ。いいセンスをしている。素案をまとめてきたから少し相談しよう。」
「え、一昨日の晩にちょっと喋っただけのアレを、昨日の今日でこんなキレイな書類に? うわ、完璧だよ、サッちゃんかっこいい!」
二人して気持ちよく褒め合っていると、
「おい、それで勝ったと思うなよ!」
何が不満だったのか、ヤクタが割り込んできちゃった。どしたの?
「おぉ、ヤクタもいたのか! 先の戦の功績も、その前の件も決して忘れてはいないぞ。報酬の希望は何でも言ってくれ!」
「サッちゃん何いってるの。こんな大きな人がいて今気づくはずがないでしょうに。」
「アイシャしか見えてなかったからな、我ながら度し難い。」
「いやん ♡」
「……決めたぞ、オーク帝国への使節、行ってやろうじゃねェか。アイシャじゃあるまいし、その場でオーク帝国を全滅させるまではできねぇが、オーク皇帝をビビらせてやりゃあいんだろう。雷獣の真の力、豪勢なベッドの上でかしこまって聞くがいいさ!」
は? なんで? 行かないでニートしてくれるって言ってたじゃん! わたしを捨てていくの?
実は、この物語もあと3回で完結になります。
あとちょっとだけ、お付き合いくださいませ。