228 王子 5
一別以来、サッちゃんはまっすぐ王都に向かいつつ、途中で宰相さんと出くわして多少話をして、たくさん嫌味を言われたりもしたけれど無事に王宮まで到着していたという。
ところが、この功績を褒めればいいのか、勝手な行動を罰したらいいのか、王様も王太子さんも副宰相さんも誰も判断がつかない。
サッちゃんが嫌われていればある意味で話が早いのに、王族の皆さん仲がよろしくて「サディクに罪があるなら法を変える」「王は法に縛られない。ならばサディクを王にしてしまえ」とまで言い出す始末。
それでは示しがつかないので、自分で自分を軟禁している状況なのだそうだ。
しかも帰宅したときの彼の顔が、仕事し過ぎでげっそりやつれ死相が浮かんでいた上に、道道で宰相と話したせいで目も虚ろになっていたと来れば強制休養で、本当に何ひとつやることがないまま日々を過ごしていたらしい。
わたしの心身が何度も死にかけている間に、休養とは羨ましいといえばなんとも羨ましいことだ。でもお仕事大好きのサッちゃんには辛いこともあるのだろう。
短期間で肉ばかりは健康そうに回復したのに、気持ちは上を向かないらしい。
こんな暗い部屋に籠もってるからだよ。わたしが部屋中の窓を開けてあげよう、暑いけれど。
「アイシャは、どうだった? 叔父御以外には支障なく来れたか?」
弾んでない声で暢気なことを聞かれたので、ちょっとイラッとして今度はわたし側の苦労話を披露する。
半神になったとかいわれて、できることは増えたけれども厄介も増えたこと。
故郷の領主は敵に内通していたけど代替わりでごまかして、怒りはしないけれど反応の仕方がわからずにモニョモニョしていること。地元の知り合いからの扱いが悪くて傷ついたけれど、そもそも自分がどう扱われたいのか定まらなくてモニョモニョしていること。
叔父が兄を利用したことを懲らしめたいのに報復できなくてモニョモニョしていること。シーリンちゃんの熱愛が羨ましくてモニョモニョしていること。
王都への船旅で嵐で死にかけたこと。日差しの暑さで死にかけたこと。
王都で暗殺者に襲われたこと。塔で武神様と戦うことになって死にかけたこと。その際に肌身離さず持っていた大事なものを焼失したこと。
聖女の仕組みを変えることにして、塔の観光所に就職を決めたことなど。
「……すごいな。」
「呆れられても困るよ。」
「あの指輪が燃え尽きたのか。困る。不壊の魔法道具だったはずなんだが。」
「わたしも、お父ちゃんの形見だった身分証が失くなって途方に暮れてるんだよ。再発行ってしてもらえるのかな?」
「…まずは、重要なことから片付けていこうか。暗殺者。許せんな。」
話が、仕事の件に戻ってきた。もう少し無駄話にも付き合ってほしかったんだけれど、たぶんまだまだ時間はあるはず。楽しみはとっておこう。
「決闘のあとにべ太郎が言ってた、わたしが活躍しすぎると占いで政治する古代国家に逆戻りするって話、あれと関係あるのかしら?」
「可能性は、大いにある。流れを作ろうとする側がアイシャを舐めて誘拐し、言うことをきかそうとしたのか。その反対派が手っ取り早くアイシャを殺そうとしたのか。どのみち、どこもかしこも一枚岩ではないのだが……」
また、1人で難しいことを言って1人で難しい顔をしてる。でも、仕事の話ができて目に生気が戻ってきてる。困った人だ。
続けて、楽しげに口を開く。
「アイシャは神祇庁と大神殿、双方に戦いを挑むんだよな。さすが、“気◯いケンカ姫”の面目躍如だ! 余も、いや、俺も一心同体で戦うぞ!」
「なぁに、その聞いたことない呼び名。気は普通だし、ケンカは嫌いだよ!」
「うん、その叔父、ミラードだったか? むしろ気に入った。そこまで悪辣な策を実行できる者は意外にいない。何か、任せられる仕事があるはずだ。王都まで来たなら呼んでくれ、会ってやろう。」
「いやーっ!」
「まぁ、そう言うな。幸せに生きさせてやろうというんじゃないんだ。
…まぁ、しかしここは相手の出方待ちか。 ……アイシャ、今日は泊まっていけるのか。遊んでくれるんだろう?」
急にサッちゃんが手を伸ばして、私の手をつかむ。ビクッ!となってしまった瞬間、けたたましい音が鳴る。
ガシャーン。
振り向くと、入口でマリカちゃん姫が大皿を地面に落としていた。内容物は床に転がり、姫ちゃんは鬼の形相でガタガタと震えている。
その後ろに数名の侍女さんが、お茶のポットとかいろいろ持ってどうしたものかと悩んでいる様子。
サッちゃん、一心同体で、マリカちゃん姫の説得に主となって対処してやってください。
わたしは、そっと手を振りほどいてこっそり逃げよう。とする直前、背中から抱きかかえられた。あふん。
前方の姫の殺気がますます濃くなるなか、侍女さんは持ってきたものを手近な机の上に置いて速やかに退散する。そこまで確認して、王子様が言葉を重ねる。
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「まあ、もう少し聞いていけ。我々が放ったらかしてきたオーク軍だが、奥の占領地で反乱が始まっているらしい。
宰相の奥の手が、謎の魔術道具のようなものは無かったが、奴らに支配された国の不満分子に資金を武器を供与して反乱を促す、という策だったんだと。
もっとも、メレイがしっかりしていた間は手の出しようもなく、イライーダが気まぐれに街を焼いたあたりで節目が代わって、決戦の敗報が届けばあとは雪崩を打ったように。と、いうことになってるらしい。
我が国に残っていた9万人以上のオーク兵も戦の続行どころではなくなって、物資も不足しはじめ、ようやく宰相のお手並み拝見、というべき現状だ。
つまり、アイシャの働きがなければ、やっぱり我が国はいかんともしがたく蹂躙されていたわけだ。本当にスゴいな、アイシャ! ……嬉しくないのか?」
※↑(ここまで)
急に背後から抱きしめられて、胸がバクバクして、耳がキーンと鳴って、言われているらしい言葉が耳に入らない。でも、なにか聞かれたみたいだ。聞き返すのもナンだし、サラッと無難な返事をしたいところだよね。
マリカちゃんを前にして言ってた話だから、たぶん彼女にも聞かせる言葉だったんだろう。どうしよう?
「え、えー……」