226 訪問・彼氏のお宅
再びサッちゃんに会うために野を越え川を越え、ようやくここまでやって来たかと思うとなかなかの感慨がある。
思い起こせば、オーク族の侵略から避難する道々、武神様から技をもらって、ヤクタと出会って、その森でオーク族に襲われた流れでサッちゃんとも出会ったんだった。そう考えると、なかなかの長い付き合いだ。
その後も色々あって、闇の革命家に成り果てた叔父の企みを阻止する極秘任務を受けて別れたのが、もう20日も前。
その後、寄り道もして、任務自体は半分サッちゃんにパスする形ではあるけれどもスピード解決。その後も色々あったけれど、今に至っている。
*
その、わたしの彼氏さんのお家の門が重厚な構えで立ちふさがっている。まずは、門番さんに挨拶だ。
「ハぁ……身分のご証明になるものは、お持ちでしょうか…。」
当然のように、まず一番痛いところをつかれる。今にしてみれば、塔の聖女様方から一筆もらっておくんだった。妙案はいつだって後から思い浮かぶ。
「サディク殿下からこういう指輪をお預かりしてまして。でも、ちょっと事情があって燃え尽きて失くなってしまったんですけれど。」
「…いえ……我々もお通ししたくないわけではありませんで、何卒ご理解を…あと、そういった指輪などは失くされることも重罪にあたりますので、我々としては聞かなかったことに……」
門番さんも辛い立場のようで、わたしの後ろの人達からのプレッシャーに個人的な聖女信仰と、お仕事との狭間でお悩みのようだ。
ひらめいた、直にサッちゃんをここまで呼び出せばいいんだ! さっそく、見知った気配を探そう。………いない。あれ、ご不在? そんなぁ。
いや、でも、この王城の全域の天辺から地下まで調べられてるとは限らないし。どうしよう。
「あの、どうなさいました?」
ん、門番さんに不審がられている。ひとりで考え込んでちゃいけないね。
2人の想い出の品とか、2人だけの合言葉とか、そんなのがたくさんあればよかったのに。なにせ、告られたのが決闘の数日前で、すぐに決闘、決戦でこれからというときに横槍が入って離ればなれ。おかげで、わたしが知ってるサッちゃんの個人情報はタマネギが大好き、だけだ。
想い出の品といえば、たまたま今日の下着はなるべく涼しくて軽いものをと、あのときの勝負下着だ。でも、いくらなんでも着用中の下着を身分証明に差し出したくない。そうか、この聖女服、来てくるんじゃなくてここで差し出せばよかったんだ。いま脱いで渡すわけにもいかないし。わたし、バカだなぁ。
他のものはお財布から、10年間苦楽を共にしたツギハギツギハギの下着まで燃えて消えた。戦いは、得るものもあるけれど失うものが大きくて、イヤだな。その前の決闘でも自慢だった髪の毛が切れちゃったし。……
「そうだ、この髪の毛、サッちゃんも好きだって言ってたから切って見てもらえば…。」
「おやめください!殿下にご報告にあがりますので、少々お待ちお願い申し上げます!」
毛先がチリチリになったのをシーリンちゃんに揃えてもらって、伸びる間もなくまた短くなってしまった髪をさらに切ろうというのは実直な門番さんにとっても脅迫になったようだ。
私も切りたかったわけではないので、よかった。ひと安心。後ろの見物衆から門番さんへの視線が怖かった気もするけれど、門番さんの真面目なお仕事の邪魔しちゃいけないよ、みんな。
*
で。
交渉していた門番さんが同僚の門番さんを残して走り去り、待っている間「こちらにお掛けください」と先ほどからのヒゲ店主さんが木箱をどこからか持ってきてくれた。ありがたく、お礼を言って座らせてもらう。
そうしたら、他の見物衆も「お茶をお持ちします」「菓子の用意を」「お暑いでしょう、扇いでさしあげます」だのと我先に世話を焼いてくれる。なんだか嬉しい。
聖女を辞める決心が鈍るわぁ。
それでも誰も帰る気配がない。なんだか申し訳なくなってきたので、なにか語ってあげよう。何がいい? やっぱり戦争の話? みんな、人が良さそうな顔をしててもそういうの好きなのね。でも、わたしが語り飽きてる。
仕方ない。サッちゃんの話、もとい、『鉄の王子サディク伝』を歌ってあげよう。
あー、あー。空気は乾いているけれど、回復の力で喉を守りながら。
こういうとき、なにか楽器ができればよかったのに。こうなったら、空気弦楽器だ。適当に光の糸を出して、適当に爪弾く。
ミョイーン。ミョロリロピロピロ、ミョウ~ン。お、不思議な良い音色。
観衆さんも残っている門番さんも、身を乗り出して傾聴の構え。うぅ、みんな目が怖い。
最近みんなの前で語る機会が多かったけれど、宴会の座興だったり、自分のテンションも上がってるときだったりしたから特になんてことなかった。こう、改まられると今更ながら緊張する。
とにかく、始めてしまおう。たぶん、なんとかなる。ならなかったら、笑ってごまかそう。
「あー、『鉄の王子サディク伝』、いま考えて作りながら歌います。」
♪ あ~。彼の名はサディク。その髪は蜂蜜色に豊かなウェーブを描いて青空になびき、瞳は空の色を映して瑠璃色に澄み渡る~
♪ 背が高くてなんか全体的にゴツゴツしている~。戦場を名馬に乗り駆け抜ける姿は古の名画の英雄像のごとし~
♪ あとなんだっけ、好きな食べ物はタマネギ~。それから、背が高い~ とても高い~
「いきなりグダグダじゃないの!」
快調にエアーリュートをポロポロ鳴らしながら歌いだしたところでのっけからツッコミが入っちゃった。我ながら微妙で、もうちょっとどうにかなる予定ではあったんだけれど。
横から細かいことをいうのは誰だ。
あ、サッちゃん妹のマリカちゃん姫。おひさしぶり。どこから出てきたの。それはそうと、どうです!仕事してきましたよ。
「そんな事はいいから最後まで歌いなさいよ!」
え、あなたもギャラリーなの? しょうがないな、いきなりクライマックスで行こう。
♪ 敵は10万のオーク兵、東の草原をむしばみ荒野へと変じ、地平の果てまで埋め尽くす~。率いるはオーク帝国六大将軍のひとり、烈火大将軍イライーダ。ヤツが乗る巨大戦車ドレッドノートはまさに平原にそびえる鉄の城~
♪ 迎え討つサディク軍は3万、そして義勇兵・十字軍と王都憂国隊が100と92人~。旗下に並び居るは冷静にして熟練の猛将ナムヴァル、美麗・苛烈の女騎士ナスリーン、世界の天剣ハーフェイズ、奇跡の子シーリン、武神流のアーラーマンたち。
いずれも一騎当千、勇気百倍の猛者なればたぶんなんとかなるぞとニヒルに笑う~
ジャカジャカジャン! ♪
「キャーステキー!」
「応援ありがとーう!」
いいところで真の姫様が声援を飛ばしてくれる。いや、彼女はサッちゃんが好きすぎるだけらしいのだけれども。さて、と気を取り直したところで、
「あのぅー、殿下がお会いになるとのことですのでご案内申します。」
門番さん。ずいぶん急いでくれたものだね。
ギャラリーは「えぇ~っ」って言ってるけれど、続けていたら絶対に機密を漏らしていた。危ない、危ない。続きは、またそのうちにね。
さぁ、どこなりと連れて行かれましょう!