22 街を守る良いヤクザ
情報屋ナヴィドさんとの交渉がまとまりかけたところで、なにやら襲撃の気配。やめてよ、帰れないじゃないの。こまったなぁ。と、当のナヴィドとヤクタは平然と知らぬ顔で、仕事の話を続けています。ヤクタ、わたしは説明を求める!
「じゃあ、ケイヴァーンを狙うオークの刺客を退治したら、証拠持ってくるから。一緒にアイシャの硫黄と硝石も渡すから、火薬は頼むぜ。
…なんだアイシャ、いや、お陰さんで金銭面の話は上手く進んだぜ。刺客退治は、協力よろしくな。……ああ、襲撃? ここまでは来れねぇよ。今回も上の建物荒らし回って、じきに帰るさぁ。」
それも、さっき言ってた魔法、ってやつかしら。おとぎ話に出てくるような、ちちんプイプイの魔法? ナヴィドさんって本物の魔法使い? うわぁ、本当だなんて思わなかった。でも武神様がいるんだから、世界には他に何があってもおかしくないよね。すごーい!
「ジジィ、この目をキラキラさせたピュアっ子に話してやれよ。」
「そうだな、んー。魔法といっても、何でもできるもんじゃないぜ。今やるのは、外の相方と連絡を取るのと、この建物周りの様子を見ることくらいで、直に人を殺すのは準備の手間もカネもかかるからやらねぇ。だが、ヤツらがこの建物に火をつけようとしてやがるからな、その対処も、魔法でしてやろうかな。
…ヤクタ、アイシャちゃん連れて、急いで裏口から出てけ!」
「出てけ、って言い方があるかよ。フン、行くぞ、アイシャ!」
*
ヤクタに手を引かれて、部屋を出て、暗い空間の隠し通路を抜けていきます。途中、ドンと上の方から音がしました。銃と同じ火薬の音でしょうか。それはそうと、
「ヤクタ、あの、手。恋人つなぎ…。」
こんな時だけど、ちょっとドキドキします。
「?ああ、この手? 手首もって引っ張ったらアイシャの腕がもげそうな気がしてな。実際にやったらアタシの腕が引っこ抜かれるんだろうが、それはそれだ。こういうのって恋人つなぎっていうのか? さすが美少女は言うことが違うね。」
普通に失礼で、ドキドキが引っ込みました。ヤクタはまだ言いたいことがあるみたいです。
「美少女といえば、あのジジィがあんなにデレデレして口が軽くなってるのは初めて見た。すげぇよな美少女! アイツ、アタシ相手には銃の玉薬とやらが火薬だってことさえ漏らさなかったのに。他にも、聞きもしないことまでベラベラと。むかつくぜ。」
「でも、ぼったくろうとはしてたよ。」
「ああいうところがクソジジィのクソの部分だな。おぉ、もう出口だ。」
*
外に出ると、熱い! 熱気が吹き寄せて、空には黒煙がもうもうと、傾きかけた太陽を隠しています。道には叫ぶ人、荷物を抱えて走る人、飛んでくる火の粉を消そうとする人、片隅でうずくまる怪我人、野次馬の見物人などがあふれかえり、ひどく危険な状態。
燃え盛り、崩れようとしている建物はわたしたちが入った建物の上層部でしょうか。中から火だるまでよろめき出てきた人は、まさかナヴィドさんではないよね。
「襲ってきた人たちが火をつけようとするのを、魔法で対処するって、ナヴィドさん言ってなかった?」
「対処つっても、火を消すだけが対処じゃねぇからな。“火薬を使った魔法”はアイツの得意技なんだよ。おおかた、敵ザコどもがつけようとした火が魔法のせいで予定の100倍くらいに広がって、混乱したところを外に潜んでいたナヴィドの手下どもが襲いかかるとか、そんな筋書きだろ。」
ぼったくりとか、敵対陣営のどちらもからカネを取ろうとするとか、そういうことしてるから5日に1度は誰かから襲われるとか、その上で、放火ブースト。呆れ果てます。
「そんな、近所迷惑な……。あ、それで放火の罪も敵さんに押し付けるつもりね。悪いのはどっちもどっち、のはずなのに自分は放火魔を退治したから“街を守った良いヤクザ”になれるんだ。
…わたしは、無理だなぁ。裏社会とか、陰謀だとか無理。ダメ。真っ当に生きるのが一番だよ。」
「そうかぁ、その剣術は裏社会で大儲けするためにあるってくらい向いてるのにな。交渉事もセンスあるぜ、アイシャ。いま結論出さなくてもいいだろ。帰り道は送ってくよ、手は?つないだままがいいのか。」
「うん。」
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その日、日没近くになってようやく帰宅できたアイシャは父・ユースフからこんこんと叱られた。もう少し遅れたら探しに走り回られるところであった、衛兵や門番を問い詰めねば、と騒ぐのをミラード叔父に押し止められていたらしい。ミラードは自分の秘密がバレるのを恐れたのだろうが、非常に後ろ暗いアイシャには九死に一生の助けになった。
この一件で、アイシャの中のミラードの株は急上昇した。今も、どれだけ外は危ないか、お前にもしものことがあれば俺は生きていけないと掻き口説くユースフに「アイシャちゃんももう14歳だから、もっと世間のことを知っておくべきだ」と助け船を出してくれている。若干の棘が含まれている感は否めないが。




