225 街の人々
「相変わらず、盛りだくさんに生きてるわねぇ。」
なんとかがんばってシーリンちゃん邸まで戻ってきたというのに、反応が冷たい。言葉だけでも心配してほしい。ひょっとしてアレか、伝説に語られる「彼氏ができたら友達付き合いはパッタリなくなっちゃう」というヤツですか!?
「どんな伝説なのよぉ。違う違う、もう前ほどフラフラできないんだから落ち着いていかないとね。って言いたかったんだけど、どう言おうか考えてたのよ。友情は不滅よ!」
不滅☆キャッホー! …そういうシーリンちゃんの方は、極めて無難に昨日・今日を過ごしているらしい。オトナだねぇ。
爺やは、しっかり許可をとってから家族を男爵邸の庶民用客間に連れてきている。わたしも挨拶した。
孫娘ちゃんは“お爺ちゃんが手柄を上げたからお屋敷で暮らせる”くらいの理解だけれど、奥さんはさすがに不安そう。息子夫婦は仕事があるから家に残っているそうで、そりゃあそうだ。早く帰れるようにしてあげなくちゃ。
そういうわけでここからの目標は、ヤクタは悪党の調査。爺やは冒険者まわりの情報収集をしてもらう。シーリンちゃんも、上流階級の方の噂を集めてくれないかなぁ。
わたしは、いよいよ約束していたサッちゃんのお家に乗り込むんだ。
さて、どうなることやら。
*
翌日、朝はゆっくりと出かける。あまり早く訪ねても向こうが迷惑だろうし、王城までの距離を考えても、遅めの朝ご飯をいただいてのんびり支度してからの外出で充分だ。
前回お城を訪ねた時はものすごく早い時間帯で、やっぱり迷惑そうではあったからね。反省が活きている。
「ひとりで、迷子にならない?」って、どこからでも見えるお城に行くんだから迷わないって。もう、迷子の悪名も返上していかなきゃ。
でもひとつ問題があって、身分証明になる王子様の指輪とか例の書き付けとか、お父ちゃんが遺してくれた身分証とか、肌身離さず持っていたものが塔の戦いで全部燃え尽きて跡形も残らなかったんだ。
これ、正直すごく落ち込んでる。戦いが終わってしばらくは気が回らなかったけれど、気付いたときには子供みたいに転げ回って大泣きしたくらい。特にお父ちゃんの形身がわりの身分証がなくなっちゃったのが悲しい。
でもヤクタにいわせれば「普通にわんわん泣くのは人間ポイントが高くて安心した」だって。なんだそれ酷い。女の子が泣いてるんですよ!
まあ、そんなこんなでひとしきり泣いて今に至っているんだけれども、お城を訪ねるために貰ったサッちゃんの王家の指輪も燃え失せてしまった。
仕方がないので、せめて王宮でもらった重い聖女服なら身分証代わりにワンチャンス通してもらえるかも。と、暑苦しくてスマートじゃない出で立ちになった。イヤだけれど、しょうがない。
*
お屋敷正面の道をしばらく歩けば、お城が正面に見える大通りに行き着く。言ってしまえば簡単なようだが、実際簡単だ。
町のもっと外側のエリアでは田舎者を迷わせる迷路として道が曲がったり行き止まったりしているけれど、中心に近い貴族街では道は広く、シンプルにつくられている。
道は広々と見晴らしが良いなか、仰々しい衣装でぽてぽてと1人で歩いている。貴族様の生活エリアなので人だかりができるようなことはない。
今日は別に目立たなくてもいいので、澄ました表情でなるべくキョロキョロしないように、お上品に。とは思いつつも、そろそろ歩き疲れてきたからお茶休憩がしたくなってきた。
貴族街とはいっても使用人さんや上級じゃない貴族さんのために、大通りにはいくつかのお店が許可されていて、品位重視の町並みに溶け込んでいる。
カフェ選びについつい足を止めて、あちらを覗き込んだり、看板を読みふけったり。してる間に、店員さんたちの熱い視線を集めちゃってる。
あの店は全体的にかわいい。この店はお菓子が自慢らしい。あっちでは看板犬が表で客待ちにヘハヘハしてる。がんばりやの犬さん、祝福してあげよう。ちょっと体調が悪いみたい、治れ―☆
おや、あそこの店は“取り寄せの名水”がウリらしいぞ。そこに決めた。犬さんごめんね、別の店に行くよ。 …ついてきちゃあダメだったら。
結局決めた名水のカフェでまったりとお茶していて、遠巻きの視線をひしひしと感じている。
わたしを追ってぞろぞろと何人かお客が入ってきてる。でも視線に悪意は乗っていないようだ。きっと、噂の主を見物してるだけだろう。
暗殺者とか変な人たちは、わりと遠くまで気配を探っても感知できない。いるのかどうかもわからない、のんびりした敵だよ、調子が狂う。
そ知らぬふうにお茶を飲み干して、さあ、再出発だ。と腰を浮かしたところで、店主がおずおずと近づいてきた。口ひげが渋い細身のおじさんだ。
「お嬢様、ひょっとして……」
お嬢様!? わたし、お嬢様だった!? いやん、嬉しい。このカフェ、常連になろう。それはそうと、
「そうです。ひょっとして、これからひとりでお城まで行くところ。偉いでしょう。あ、お茶は美味しかったです、やっぱり名水ですよね。」
「それは、ありがとうございます。…じゃなくて、いや、お1人だなんて物騒だ、お送りさせてください。王都民たるもの、聖女様の御ために働かせていただくことは一生の夢。なかんずく、若聖女様にお越しいただいてこのままというわけには……是非にも!」
あぁ、低くて響きのいいイケ声。隠してなかったけれど聖女もバレてるし。わかったよ、そこまでいうなら。真っ直ぐの道を歩くだけなのにね。
「光栄です! そちらのお客様がた、今日は店じまいです。お代は結構ですから気をつけてお帰りください」
「そうはいかないぞ。僕もお供させてもらう!」「私もよ! 愛聖女様はみんなの聖女様だわ!」
さすが、この辺の住民が言葉遣いも綺麗だ。
わたしが最初に呼ばれたのは“超☆聖女”だけれど、☆の部分が難しいのか、みんな勝手に“若聖女”、“姫聖女”とか呼びたいように呼んでいるようだ。
でも異論はない。もう、辞めるから。できるなら今日にでも。熱心なみんなには悪い気もするけれど、わたしの人生だし。◯聖女様はみんなの心のなかで生き続けるということでヨロシク。
ヒゲ店主さんに恭しくドアを開けてもらって、10メートルも歩かないうちに後ろについて歩く人は数える気にもならないくらいたくさんに膨らんだ。
みんな、遠慮していたのに解禁されたから堂々とついて来れるつもりらしい。ダメとは言えない。
たくさんの見物人をぞろぞろと引き連れて大通りの真ん中を歩く。結局、こうなるんだとは可笑しみを感じながらも満更でもない気分で、いい天気の暑い暑いなかをのそのそと行く。
さあ、王宮の門に着いたぞ。
また別に短編をひとつ、作ろうとして少し長くなってしまったので全3話の話を書きました。
お盆らしい江戸時代ファンタジーものです。
美少年談話 ~ 春信と源内の妖怪事件簿
https://ncode.syosetu.com/n1635jk/
ご笑覧ください。