221 決着
「光の剣!」
アイシャが格好をつけて叫ぶと、光の糸が“男爵丸”を包んで長く伸びた。
笞のようにしなり、ふるふると揺れる、長さは武神の大段平と同程度、すなわち少女の身長よりも長いほどの剣。
「ちぇーいっ!」
俄然、調子に乗ったアイシャが最初に学んだ袈裟斬りで斬りかかる。それを軽々と打ち払う武神の剣。
だが、光の剣のその部分には芯が入っていない。たちまちに糸は解け、無数の触手となって段平を絡め取ろうとウネり広がる。
[ムムっ、]
予想外の奇襲に初めて表情を動かし、剣を奪おうと這い寄る触手から身を引く武神。ただ、そのプライドのために大きく後退はできない。2本の足をしっかり踏みしめ、さらに剣を振るう。
狙いは、まさにこの時。
「光の大砲!」
かの決戦でオーク軍の大将イライーダが小脇に抱えて撃ち放った大型の火薬兵器。あれを見たアイシャのイメージによる、神力での再現。
ビームとかファイアボールなどといった魔法は彼女には頭に浮かびもせず、想像もできない。そもそも発想がない。銃のことも全然わかっていないので、真似できない。しかし、大砲から発射された散弾は神経が冴えている中でまざまざと見た。
そしてその印象は、直前の大爆発、弾け飛ぶアーラーマン、紅蓮の炎を背に鉄の瓦礫に立つ敵の凶相などから実際の威力を超えて恐ろしいものに認識されている。
とんでもないイメージを乗せられて左手から打ち出された“大砲”は、武神に命中するや否や燃える鉄片が周囲をぶち破る大爆発、それに伴うプラズマ的な雷を引き起こし、敗れても敵に噛みつき引き裂かねば終われないイライーダの牙のように目標の身を苛む。
我ながら、ヤバい。怖い。やりすぎたかも。でも、そうだからこそ効いただろう。遠くで、ヤクタも「やったか!?」なんて言って盛り上がってる。ここが攻めどきだ!
煙の中に気配がある。苦痛を感じている気配だ。剣を構え、夢中で駆け寄るアイシャ。
突如、煙と炎が渦を巻いて垂直に吹き飛ばされ、その中央に仁王立ちする燃え盛った巨影が怒鳴る。
[やりすぎだぞ! 何だコレは! 面白い! やるではないか! 殺すぞ!]
なにを口走っているのかわかっているのか、混乱しているのか。
燃えさかる骨と肉の巨人が両手を伸ばして掴みかかろうと、吹き出す血さえ炎にしながら走る。
その凄まじさに少女のか細い闘志は瞬く間に打ち砕かれ、走りながら腰を抜かして声もあげられずザザッとへたり込んでしまった。
その小さな体に、手足のある炎の塊が覆いかぶさる。新たな火柱が沸き上がる。
いままで呆然と事態の推移をただ目にしていた聖女たちも、ここに至って絶叫の悲鳴を上げる。ヤクタも「畜生!」と一声発し、走る。
その間にも炎は膨れ上がり、眩しく光る球体を成し、傍らの牛神像をも呑み込んで一層大きく、まるで新たな太陽が生まれたかのように輝く。
大聖女をはじめ、聖女たち一同はそのきらめきを伏し拝み、己が魂から絞り出すように聖句を唱えだした。
ヤクタだけはなおも駆け寄り、その球体に手が届くかと思われたそのとき突然、泡がはじけるように球体は裂けて飛び散った。
なんのことはない、アイシャの光の糸が武神の炎からその身を守り、拭い去ったのだ。が。
球体が消えたその場にいるのは、衣服が焼け焦げてほぼ裸になってしまった男女が組み合って七転八倒している姿だった。
「んまっ!」「まぁ~っ!」「きゃあ……」
おばちゃま聖女たちが顔を覆って指の隙間から勝負を見守る。さしものヤクタも口をあんぐり開け、言葉を失う。
人類の種を超えた、この世に現れた生命の到達点ともいえる対決が行われていたはずだった。それが、子供のケンカのように掴みあい、髪を引っ張りあい、鼻を圧し曲げ、転がり回る。目も当てられない惨状。
しかしそれにもやはり神域に達した技術の応酬があるのだろう。体格差では大人と子供どころではないほどの差がありながら、目まぐるしく攻守を変えて、素人目にその趨勢は追いきれない。
武神がアイシャの足をひっつかんで投げつけようとすれば、アイシャは糸を伸ばして武神の体に巻き付かせて力を操作し、その巨体を宙に浮かす。すかさず巨漢の背後に回り込み、その後頭部を地面に叩きつけようとしたところを、異様な柔軟さで迫る巨大な手が少女を握りつぶそうとうなりをあげる。
辛くも逃れようとする白く丸い肩に、その腕の1本分ほどもありそうな指が、かするように触れる。
この瞬間、いかなる合気的な技術がぶつかったのだろうか。両者、激しく回転しながら宙に跳ね上がり、2メートルほどの距離を離れて地面に叩きつけられる。
「あああぁぁっ!!」
「おおおぉぉっ!!!」
もはや2匹の獣のような原初の咆哮をあげながら、2人とも跳ね起きて、その掌中に剣をつくって眼の前の敵を、斬る。一閃。
時が止まったかのように思える、一瞬の静寂。
武神の剣はアイシャの首元で寸止めされ、アイシャの剣は振り抜かれた。
お互いの間で決着がついたのだろう。空間に張り詰められた“気”が緩む。
緊張がほどける音がした。それは、観戦者が詰めていた息を一斉に吐き出した溜め息の音だっただろうか。
[ひどいじゃないか、アイシャ。]
武神が寸止めしていた剣を外し、片手で斬り裂かれた喉の切り口を広げて見せながら愚痴る。
「そちらの寸止めのほうがずっと早かったですね、ごめんなさい。」
アイシャが素直に頭を下げる。
えぇーっ。と、反応に迷う観衆のざわめきが広がった。