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220 対決


 アイシャは普段ぼんやりしているが、修羅場をくぐり抜けようとしている時までものんびりしているわけではない。特に最近の記憶では、ヤバい敵だったマフディとの戦い。あの時はひどくバタバタと慌てて無様な姿を見せた。


 が、「相手をよく見ろ」とだけもらったアドバイスを素直に信じて、見るだけは必死で見ていたなかで様々に得る経験、技術があった。

 とりわけ、モルヴァーリド流の魔法による瞬間移動の“気”の使い方には目を見晴らされるものがあった。


 あの粉塵・噴煙舞い散る舞台で視界がほとんど塞がれているなか、横から後ろから湧いて出るように攻撃してくるのは驚かされたが、申し訳ないようだがあれは悪手だったと言わざるを得ない。

 奇襲攻撃を主軸に据えることはいい。ただ、通じていないまま同じことを繰り返しても、弱い。臨機応変(いきあたりばったり)にも工夫が必要だ。



 武神が放ったのは小手調べの一撃。だが、成人男性を5人並べてまとめて真っ二つにし得る威力を備えている。それはひらりと(かわ)される。ここまでは武神も織り込み済み。

 上に避けるか、下に避けるか、奥に引くか、あるいは防ぐか。上!

 振り抜かれた武神の剣は空中で弾かれたように軌道を変え、上空のアイシャを襲う。その少女の姿を隠し、さらには目潰しをも狙った神力の糸が音もなく湧き出て広がった。


 一瞬、武神の技が鈍る。武神流は本来、気配で敵の姿を捉えるので目潰しは致命打にならない。だが単純に顔の穴の中の器官は人体にとって弱点。放置するのはリスクだ。

[喝ッ!!]

 “気”を爆発させ、押し寄せる無数の糸を吹き払う。この一瞬の遅滞の間に、アイシャは糸を断ち切って、空間の裂け目から敵の目の前に散らされた糸のなかに移動。真正面から斬りかかる。

 これも、バタバタした不格好な動作からであっても、鉄をも斬り裂く流派の粋を極めた究極に近い斬撃。


[最速の奇襲は、突くのだ、このように!]


 少女が現れたのは、男が振り上げた剣と、その巨体の中間。

 武神は一切の動揺もなく、大段平を器用に逆手に持ち直し、己の頭部めがけて恐るべき突きを放つ。


 あわれアイシャは串刺しになって果てるかと思われた。

 が、柔軟にも斬撃を蹴りに変更し、武神の頭にキック。その勢いで姿勢を修正、突きかかる大段平の刃の上を後転して飛び下がり、距離をとることに成功。虎口を逃れる。



「ひィ~っ!」

 絶え絶えの息を漏らすアイシャに、


[どうした、まだ終わりではあるまい!]

 威厳の演出も忘れてはしゃいでいる武神。


「勉強になりますぅ。するどい奇襲は、突きで!」


 迷っても嘆いても、人と喋っていればつられて体が動く。アイシャは無意識でやっていることだが、大事なことだ。そうやって話しながら、自分の後方へ剣を脇越しにグッと突きこむ。

 その剣先は空間の裂け目を通って男の背後に現れ、背骨を覆う筋肉に2センチほど刺さって止まった。



 気まずそうな翡翠色の目と、いかにも心外だと言いたげな怪しく光る目の視線が交錯する。


[皮に一刺しとはいえ我に傷をつけたことは認めてやろう。が。さっきから何だそれは。武神流を使ってくれよ。我が使徒よ。そんな苦しまぎれの技だからダメなんだ。]


「ダメですか。」


[ダメだな。その性根がいちばんダメだ。叩き直してやる。]


「お、怒ってらっしゃる? あ、待って、ひゃあ、話せば、ちょっ!」


 そして、鉄塊の暴風が吹き荒れる。すぐ側を通り抜けられるだけでアイシャの柔肌(やわはだ)が弾けそうになる、質量×速度の暴力。空気の摩擦で炎がわき上がり、何やらの影響で電光が走る。

 だが、それは少女には経験済みだ。決闘で経験させられたものよりも全面的に数段勝る上位技だが、知らない事態ではない。まずは、さばきながら後退して隙が生まれるのを待とう。



[俺には、それはできないとでも思ったか?]


 いきなり後ろから耳元にささやかれる。

 見れば、正面で剣を振るう人影には首がない。対する自分の肩の後ろに巨大な顔の気配があるが、縦横無尽に襲い来る剣技から目を離す度胸などない。だがこのままでは噛みつかれそうで、生きた心地がしない。


「うにゃあ~ッ!」


 声を出す。力いっぱい、(ハラ)から。恐怖に呑まれて心が諦めようとすることに、体と本能が最後の抵抗をしているのだ。言葉ではない。

 とにかくそれで、縮こまった“気”が体の内外に巡りだす。視界が広がって、頭も巡りだす。


 生きる道が、正面に見える。

 横なぐりの斬撃を踏み越えて、負けじと身体全体を(ひね)っての必殺・跳躍回転斬! …は、空を切る。

 そのままアイシャ1人で(もつ)れるように地面に倒れ、転がる。


「アタマが無いなんて、ズルい!」


[何をやっとるんだ、その時々でちゃんと考えろ。それに今のも武神流じゃあなかったぞ。聖女の次はカムラン流の踊り子にでもなるつもりか。]



 首を戻して、相変わらずの威圧を浴びせつつも待っていてくれている武神。その巨体を前に、ふらりと立ち上がり、文句を言いながら考える。


 別に、武神流を極めたいとか、後継ぎになるとか誓っていたわけじゃない。たまたまもらった技術だ。もらって嬉しいカワイイ技術ではなかったけれども、役に立つことは間違いないので、いちおう武神様には感謝と尊敬の念を抱いている。

 でも、武神流一筋でやっていくのは、思いのままに生きていくのとは違うことだ。やれること、やりたいことのいちいちに武神流か否かで行動を遠慮するなんてつまらない。

 そうだ、これは、アレだ。



「武神様。これは、アレですね。」

[うん?]


「卒業試験。これでわたしが勝てれば、全部込みでアイシャ流として思うままにやらせてもらいます。OK?」


[OK? じゃあねぇわ、そこまで俺に向かって大きく出たのはお前が初めてだぞ。

 …が、その心意気や良し。やってみろ。お仕置きの時間だ!]


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