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219 武神 3


 真夏の昼下がりだが、薄暗い塔の内部はひんやりした空気が漂う。

 涼気にブルリとひとつ大きく震えたアイシャ。ショールをかき寄せて一息つきながら、薄闇に目を慣らそうとパチパチまばたきしたり、目の周りをグリグリ押さえたりして、たっぷりと間をおいてから周囲を見渡す。


 前回と同じく、まっすぐに一段高い道が伸びて、その先に大きな黄金の牛神像が灯火を映して幻想的に輝いている。像の頭の上に、いつの間にか武神が腰掛けている。

 身の丈3メートルの筋肉お爺さんが古風な衣装で威厳たっぷりに、睨みつけるとも瞑想しているともつかない不思議な様子で、特に荘厳な室内だと威圧感がとんでもない。


 左右は一段低い礼拝スペースで、ちゃんとした聖女様とその侍女たちが武神の無礼を咎め立てたものか、どう声をかけて良いものかオロオロと、なすすべもない様子。



 うん、把握した。アイシャはひとつうなずいて、視線をまっすぐに向けて通路を歩む。

 聖女たちからは「あの方、あのときの子?」「わかりませんわ、だってお(ぐし)は短いし、スカートは長いし…」など、口さがないひそひそ話。しっかり耳に入ってくるが、気にしない、気にしない。


 ヤクタは段差のところで座り込み、推移を見守る。面倒を避けつつ、いざとなれば飛び込むスタンスだ。アイシャも気配で相棒の動きを察知して、頼もしそうに口元を綻ばせる。

 やがて、神像の周辺、方形の舞台状の広間で足を止めた。



[さて、謝罪に来たのではないようだな。では、何のために来たのか、小娘よ、(さえず)ってみよ。]


 偉そうにしないと神様は死ぬのだろうか。実際に偉いからといわれても、どう振る舞うかは人次第だ。優しくしてくれたっていいじゃないか。

 色々思うところがある小娘だが、ひとつ首を振って気持ちを切り替え、大きく息を吸って、あらためて武神と対峙する。



「わたしが、今日ここに来た用件は聖女のお姉様方の方でしてよ。武神さまにも会えたらいいかなって思ってたけれど、それはついで(・・・)っていうか。」


 正直な気持ちを素直に言う。実際、先回りして出張って、問題を超☆大事(おおごと)に仕立ててくれたのは武神の勇み足だ。

 どうしてくれるんだ、コレ。と、もっと素直になれば恨み言さえ口をつきそうになる。


[ケンカの売り方ばかり成長しおって。構わん、ついで(・・・)の用件を言え。]


「でしたら、先に武神様の方から言わせていただきます。勝負してください。」



 こんなことを言う予定はなかった。けれども、いろいろ考えて判断して、それでも想定外の事態で、真っ白な頭から自然に(つむ)がれた言葉。

 自分でも驚いたが、とても気持ちにしっくりくる。探していた、言いたかった言葉は、たしかにコレだ。


「前回、「これで済んだと思うなよ」って言ってましたよね。じゃあ、次の仕掛けのお手数を(わずら)わせるより、直接対決しちゃいましょう。」



 挑むような視線を我が使徒から受けて、武神は大きく目を見開く。

 人間時代のエルヤは無数の挑戦を受け取り、勝利してきた。だが神となってからは悠久ともいえる時間のなか、一度も自らは戦っていない。それを、この小癪(こしゃく)な娘は…。

 凶悪な笑みの形に、その大きな顔がゆがむ。


[ふ、ふ、ふ。その心意気や良し。褒美に、なるべく殺さぬように相手してやろう。どうした、まだかかってこんのか。

 …おぉ、そうか。俺が高い所にいるからな。ならば降りてやろう。いつでも、来い。]



 アイシャは反省している。本来なら、武神に対しては笑ってごまかして、なぁなぁで仲直りする予定だったのだ。

 口をついて出た言葉は、正反対の挑戦状。だが、ここまで来れば真面目に戦うほかない。

 腰に()げた剣は“男爵丸二世”。昨夜、先に借りた剣はオーク族との熾烈な戦いのなかで破損してしまったから新しいのを貸してください、とダメモトで言ってみたら(こころよ)くくれた物だ。


 灯火と黄金の光が揺れる世界を、抜き放たれた剣の銀光がギラリと()く。

 眼前に降り立った武神の手には、アイシャの背丈より大きな大段平(おおダンビラ)が光を放って現れる。



 怖い。舐めてました、無理、どう言えば今からでも許してくれるかしら。

 正面から睨み合った瞬間、アイシャの心が折れた。


 武神の姿は身長でほぼ2倍、手足の太さは3倍ではきかない。が、太さでは近いアーラーマンと向かい合ったときにはこれほどの重圧(プレッシャー)は感じなかった。

 神の使徒だった狂戦士マフディと向かい合ったときにも、特別な感情は浮かばなかった。が。これは何だろう。格上の相手、それを初めて敵として眼前にして、身がすくむ。


 体が震え、歯がガチガチと鳴り、本能的に卑屈な愛想笑いが浮かぶ。しかしそれは、歯を剝いて威嚇しながらも笑みを浮かべ、武者震いを起こす、挑戦者のファイティング・ポーズのように武神の目には映った。



[ならば、こちらから行ってやろう。]


 嘲るような大振りで。しかし、この世の誰にも止めることはできないだろう必殺の気配を乗せて、巨大な鉄塊が横薙ぎに振るわれる。

 ただ、音は聞こえない。アイシャは先読みの空気感としてこの状況を掴んでいるので、現実に音を聞く頃には体は両断されているだろう。

言いたいことはあるような今さら無いような、ただこのままあと半秒でも留まっていることはできない。


「ひやあぁぁ!」

 力を込めて大きく息を吐く。はずみに音が出るのは大した意味はない。とにかく飛び上がり、右手に持った剣はまるで届かないので、左手から光の糸を出す。百本くらい、相手の目と鼻と耳を狙って、出来る限りの速さで襲う。


 足元を、空気を引き裂きながら、“死”そのものが形となったような、生命にとっての“邪悪”が通り過ぎていく。しかし安心はできない。飛び上がったあとは落ちる。瞬きの間に“死”は軌道を変えて、足が地についていないわたしを引き裂きに来る。

 

 考えている暇はない。いま、そこにある隙間(すきま)に逃げこむ。隙間って何? それさえも、考えている暇はない。その“空間の隙間”は、どこにつながってる?

 憎たらしいあん畜生(ちきしョオ)の顔めがけて、叩ける位置に!


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