219 塔への帰還
シーリンちゃんとご家族の仲直り会はなごやかに、和気藹々と行われた。ただ、わたしを見る目には複雑な感情がこもっていて、居心地は良くなかった。ままならないものだね。
次の日。まだまだ休暇を楽しんでいたいけれど、どうも、やはり使用人さんたちから向けられる視線も微妙にチクチクしていてくつろげない。
カーレン男爵はこの一件でなかなかうまく立ち回って、それなりに儲けたらしい。が。やはり宰相府に呼びつけられて宰相さんの家来から嫌味を言われて散々にいたぶられたとか。
娘も無事どころか幸せそうに帰ってきて、ややこしい政治問題を生まない旦那さんを自分で見つけてきたのは心労重なるパパさんには大歓迎のことだったようだ。
そしてわたしは諸問題の根源。世間で評価されるだけでなく儲けさせてもらったのだから、商人としての彼は良好な関係を持ちたい。でも、政治に関わる男爵として、一家庭の長としての彼はそうも言ってられない。
ちょっとハゲたんだって。そればかりは素直に心から申し訳なかった。
そんなこんなで、長期で遊んでいずに身の振り方を考えなきゃいけない。
シーリンちゃん夫婦――この2人の場合はシーリンちゃんが夫でメガネくんが妻な感じに自然になっている。シーリンちゃんのほうが10以上若いのに――は、念願のメガネの新調をしに出かけるって言ってる。
「アイちゃんも一緒に、どう?」って、おじゃま虫になる気はないですよ。どうぞ、ラブラブのお2人で。職人を邸に呼ぶんじゃなくて出かけるって、デートしたいんでしょ。
と、いうことで、朝食はご一緒したけれど、寝直すのもツラく、朝からやることがない。
そうだ、太陽の塔に行こう。
気が進まないから後回しにするつもりだったけれど、前がポッカリ空いたのだから仕方がない。ヤクタは堂々と寝坊しているから、起こしてこよう。
爺やは、奥さんと孫娘さんの所にお土産を持って帰るといいよ。いまは割っちゃったお土産の代わりに渡せるものがないけれど、ひとまず男爵からもらった砂糖菓子、おいしいやつだからこれをどうぞ。
と言っても「お供することが爺やの仕事でありますれば」なんて言って、聞いてくれない。
「でも、わたしが国の偉い人から暗殺者を送られるくらいだったら、爺やの家族も安全じゃないかもしれないし。男爵邸に連れてきて守ってもらったらどうかな。」
なんとなくの思いつきを口にしたら、効果覿面。血相を変えて走り去っていった。でも、絶対に無いとは言えないしね。
爺やがいると嬉しいのは本当だけれども、お目付け役から逃げれたら嬉しいのも、本当。
自分勝手で迷惑をおかけします。
*
塔へ。前回は乗り合い馬車で青い顔をしながら通った道を、草ちゃんの背に乗って快調に進む。
「いやぁ、自分で馬に乗って進めると気楽だし、早いねぇ。」
「自分で乗ってから言いな。まァ、アイシャは軽いから馬の負担にはなるめぇが。」
「わたしは“ヤクタが乗る草ちゃん”に乗ってるの。誰もがうらやむスゴいヤツだよ!」
「オマエがそれでいいなら、いいのか? ま、いいけどよ。」
馬車ならつっかえるような道も、大勢向けの休憩地点もスムーズに過ぎて、のんびり出発してきたのに前回と同じくらいの時間に停車場に到着。名残惜しいけれど、草ちゃんはここで預かってもらう。
今日はちょっと小洒落た普通の服装で来ているので、誰にも聖女バレはしていない。馬に横乗りするための長いスカートだから「新聖女のスカートは短い」の噂のインパクトが良い目くらましになってくれているようだ。
その代わり、上はピッチリした白い袖なしで、背やお腹には透けるほど薄い素材が使ってある。その上には日焼け止めのメッシュのショールを羽織って、聖女服とは正反対の軽々したいでたち。
それより、目立つヤクタ自身が人目を引かないかが心配。
「オマエが聖女だってバレたら馬の預り賃もタダになったのに。」なんて不満げだけれど、そういう問題じゃないのよ。
塔の前の広場は、相変わらず人が多い。以前より増えてる気もする。その人並みをかきわけ、かきわけ進む。
でも、わたしの背丈では水底でもがいているようで、ヤクタの腰に後ろからしがみついて歩くので精一杯。目をつぶって、息も絶え絶えなところに頭の上から声が降り注ぐ。
「お、面白いモンが見えるぜ。肩車してやろうか。」
このスカートで肩車は無理でしょうよ。いいから、前まで連れてって。
そう言うわたしを、この大女は体の前に回して、脇の下に手を入れて、高く持ち上げる。
息が、しやすい! 掬われて、救われたように大きく空気を吸い込む。
ひとつ落ち着いたので、やっと風景が見えてくる。うん、あの存在がうるさい塔だ。そして、前回と同じく、その門が開いている。大きく口を開けた入り口を塞ぐように、異様な巨漢が尊大な立膝姿で、不機嫌そうに頬杖をついて座っている。
目が、合った。決闘のときと同じ姿。武神様だ。
[遅いぞ!!!!]
いきなりの一喝。群衆がザザッと音を立ててひれ伏す。対処に迷っていた警備兵たちも槍を投げ出して、意気地もなく平伏。
でも、ここで動揺しちゃいけない。私も馴れてきたんだ。あれは、まずビックリさせて相手の優位に立つための交渉テクニックだ。
フフン。余裕を見せるために、あえてオーバーアクションで腕を組んで、首を右上に向けて、薄笑いしながら斜め下に相手を見やる。フフン。フフン。
[あ、ムカつくぞソレ、アイシャ。天罰ポイント1な。とにかくこっち来い。]
背を向けて塔の中の暗がりに姿を消していく。眼の前には、まっすぐに人々が空けた一筋の空間の道。結局、こうだ。
溜め息をついて、降ろしてもらって、なるべく堂々と見えるように、ことさら大きく手を振ってゆっくり、でも品よい歩幅で歩く。
「なァ、もうちょい速く歩こうぜ。」
というヤクタの提案は聞くべきところがあるので、やっぱり歩幅を大きく普通に歩く。自分ではわからないよね。偉そうな歩き方、練習しておけばよかった。
そして、武神様の待ちうける塔の中へ。