21 情報屋
ぶんどり品の“銃”を自分で使うためには、硫黄と硝石と、鉛を仕入れて、技術者に調合してもらわないといけない。そのために目が飛び出るような大金を出して、10回ぶんの火薬と弾丸が用意できるという。
「もうひと押しなんだが! アイシャ、ジジィの肩でも揉んでやれよ。」
自分で言っていたほどにも役に立たないヤクタを無視して、アイシャから問う。
「硫黄と硝石、わたしの持ち込みなら金5枚でなんとかならないかな。」
「おや、言うねアイシャちゃん。技術料を安く見ちゃあいけねえよ。金9枚だ。」
「たぶんわたしの持ち込み量じゃ10回分は無いんだよ。でも、上手くいったら後から何回も頼むことになるから、初回は6枚でお願いしますよ。」
「10発作るのと1発作るのなんざ、手間は変わりやしねぇ。ま、交渉の真似事の意気に免じて8枚にしてやらぁ。」
「わたし知ってるよ。硫黄も硝石も、お父ちゃんの仕事道具に仕入れられるくらいだから手のひら2つ分で銀貨もいらない値段だよ。お仕置きするよ?」
「なにッ! てめェくそボッタクる積もりで居やがったのか! アイシャ構わねぇ、そのずんばり丸を尻の穴から突っ込んで奥歯ガタガタいわせてやれ!」
「ヤクタ、この棒はずんばる丸。こっちの懐剣はずんばろう丸だよ。ずんばり丸は銃に撃たれて折れました。」
「知らねえよ! どういう気持ちでその名前つけてるのか、アタシにゃあ分からねぇ、」
アイシャは父の仕事に多少の覚えがあり、つい先日も荷物の整理で染色に使う鉱石の確認をしたため、極めて限定的な知識でありながら、偶然にもピンポイントで値段交渉の余地があったのだ。興奮冷めやらぬヤクタを制しつつ、返答を待つ。
「負けたよ。金7枚でやってやらぁ。親父さん、中つ海まで仕入れの旅に出るのかね。じゃあ、硫黄と硝石を持っておいで。」
「6枚。お尻だして。出さないなら、こっちから行くよ。」
「待て。わかった。……自衛の手段は山ほど用意してあるが、嫌な予感がしてならねえ。…ひとつお願いを聞いてくれりゃあ、タダでやってやるよ。どうだぃ。」
「イヤだよ、盗賊さんたちの仲間になりたいわけじゃないもの。金6枚、ヤクタ払いなよ。」
「待て、待ってくれ。ひと仕事で金6枚なんてボロい仕事を逃がせるわけないだろ。ナヴィド、まず話を聞かせろ。」
アイシャにとっては当然、金9枚ぶんの値引きが済んだところで仕事は上々に完了、それ以上の無茶を聞く義理もない。が、残りの金6枚とてまともに働いて作るには気が遠くなる大金でもある。ひとまずは、ヤクタに任せようという心積もりで話を聞くことにする。
「ん、お願いってのはだな、さっきも少し話に出てきた色男・ケイヴァーンの命を狙うやくざ者が雇ったオークの毒蛇野郎の首。これが金3枚ぶん。それからケイヴァーンの首、これは金4枚ぶん。どうだい、手っ取り早い依頼だろう。」
おん? どういうことだってばよ。理解が追いついていないアイシャが隣に視線を送るが、そちらも訳知り顔で薄笑い。
「ばかやろう、両方陣営から請け負って両方から金を取るつもりかよ。手前、長生きするつもりがないにも程があるだろォ。そんなんに人を巻き込むんじゃねェ。」
「なんだと、俺ァ街を守る良いヤクザだからよ、いつだってカタギ衆の味方で、人騒がせな迷惑野郎どもを退治するのさ。毒蛇の首はケイヴァーン側の依頼で、当人の命は依頼対象外だ。依頼の出し方下手を他人のせいにしちゃあいけねえな。ただ毒蛇が目的を果たした後に退治して上前跳ねりゃいい。お得な話だろぉ?」
「っざけんじゃねェ、手前は毒蛇の首に8枚、ケイヴァーンの首に10枚くらいで請け負ってんじゃねぇのか? その値段は、欲の皮が張り過ぎだ。毒蛇の首だけで6枚ぶん、それで銃に必要な一揃いを用意してもらう。
悪いが、ケイヴァーンの護衛をアタシが別クチで請け負ってるから、そっちは違うタイミングで手前がなんとかしろ。」
「ヤクタ、ヤクタ、説明、プリーズ!」
ヤクタとナヴィドがお互いだけでわかる会話を繰り広げている間、目を白黒させていたアイシャがヤクタの袖を引き、勢いでビリビリと引き裂いてしまったが、その点は2人ともスルーして、かわいそうな子にもわかるように説明をする。
「うーん、このナヴィドジジイが、叔父さんの仲間から、叔父さんの命を狙うヤクザを倒す依頼を受けたんだよ。
でも、このジジイは叔父さんの命を守れとは言われなかったのをいいことに、その敵のヤクザにも、オーク族とは別に、叔父さんを倒したら大金をもらえる契約をしたンさ。そんで、このジジイは、共倒れさせて両方の報酬をせしめるつもりでいるわけさ。
たぶんだけど、火薬を調合できる技術者ってのもコイツ本人だな。どれだけ丸儲けするつもりだったんだか。」
ヤクタが滔々と話す。ナヴィドは語るままにさせていたが、話が途切れたところで会話に参加してくる。
「待て、アイシャちゃん、あの天涯孤独のはずだったケイヴァーンの姪だって? ひょっとして他にも親族が居るのか?」
「おォっと、その情報は金何枚だ?」
「いやいや、まだ、居るってだけじゃあ銅貨10枚がトコロだな。」
思うように明快に話してもらえないアイシャが不貞腐れつつ「じゃあ、銅貨10枚ちょうだい」と手のひらを伸ばしながら、意識の片隅がピリピリと警戒のサインを感じて、ナヴィドに確認する。
「いま、地上の方から15人くらいに襲撃されてないですか?」
「なに、ちょっと待て。あ、これ銅貨10枚な。……マジだな。まぁ、これくらい5日に1ぺん程度あることだ。気にするほどじゃあ……」
ヤクザ者のロクでもなさも露骨に、懐から取り出した水晶玉を撫でる情報屋が欠伸か溜息かわからない息を吐く。豪胆なのか、まさか抜けているというわけではあるまいが、いまだ底が見えない男だ。




