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216 運河の小舟


 日暮れの街の茜色に輝く水路を小船が進む。


 わたしはのんびりしているけれど、歩くよりは速い。あと、水路の流れの反対に遡っているので、船の後ろの方で水夫さんが頑張って漕いでいる。そちらは決してのんびりしていない。

 水路の堤防の上には街の人々が押しかけて手を振っていくれている。こちらは、大船から取り外してきた十字架を光らせてヤクタに抱えてもらっているので、わかりやすく目立っていることだろう。


 酔っ払ったような調子外れの歌声や弦楽器の音色があちこちに聞こえる。あの子守唄を歌う人もいる。噂、早いなぁ。

 光の欠片を飛ばしてあげると、子供たちが夢中で走り回って追いかける。無邪気でいいなぁ。

 日中に死にかけていたらしい影響でまだ頭の芯がぼーっとするけれど、かなりマシになってきた。



 水路は枝分かれしながら真っ直ぐ続いていて、外壁の側まではこのまま進める。でも、今夜は途中の船宿に泊まる予定。船で直接、運河を引き込んだ宿の中まで入れて便利らしい。

 ここまで4日で来れたなら、これ以上血相変えて急ぐ理由もない。船員さんの提案通りにゆっくりしよう。



「シーリンちゃんの家出は、結局どうするの?」


 河賊船に乗り込んだ日、これは本人に直接聞いていた。本人は冷静で、

「ユーくんとの結婚を認めるなら、復縁してあげてもいいかなぁ。面倒なことをいうなら、それまでよね。」


 と、あくまで上から目線の立場を崩す気がない。どういう自信だろう? 関係ないけれど、ユーバフさんの名前はお父ちゃんユースフと似ていてなんだか嫌なので変えてほしい。少なくともわたしはメガネくんと呼ぶことにする。

 


 わたしの目的は、サッちゃんに会って任務の進行を報告すること。後から叔父さんたちもやって来るので、引き合わせること。

 あと、もう一度塔に行って、聖女ミッションは成功したので超☆聖女を引退することを宣言するのも忘れちゃいけない。


 そうして、サッちゃんとお別れはしないけれども、お嫁さんになるのはいくらなんでもまだまだ早いので、何かしら生活の基盤を築いていかなきゃいけない。

 めでたしめでたし、で終われるんなら楽なのにね。



 船は、宿の建物の半地下階に入っていく。運河はかなり掘り下げているので、1階は頭の上だ。足元はまだふらつくので、ヤクタに抱っこされて上る。おんぶでもいいけれど、足が出るからね。

 ちなみに、男だからといってジュニアではわたしを抱える腕力はないらしい。おい、大将軍の息子。最近仲良しのヤクタさえ軽蔑の視線を隠さない。


 シーリンちゃんも、カムラーン流の秘技でわたしを抱え上げることに成功。船員さんたちも「わっしに任せてくだせぇ」とか盛り上がって、さすがのジュニアも居心地悪げ。でも、わたしはダンベルでもバーベルでもない。力自慢は他所でやってもらおう。



 宿では、ご厚意で最上の部屋を用意してもらった。連絡の齟齬(そご)で、ヤクタだけでなくシーリンちゃんやジュニアさえ“お付きの者”と思われて、スイートルームに付属の使用人部屋に案内されていた。

 いやぁ、いつぞやの逆だね、シーリンちゃん。一緒にスイートのベッドで寝ましょう。ジュニアは、自分でなんとかして。


 そのジュニアが「俺は、ここまでだ。」とか言い出した。

 違うのよ、ちょっと意地悪いって笑かしのタネにしたけれど、消えろとか失せろとか思ってるわけないじゃない。…え、違う?



「俺はそもそも実家に帰りに来たわけじゃないからな。しばらくはこの辺で遊んでるさ。

 じゃあな。ヤクタ、また遊ぼうぜ。アイシャちゃん、酒場通いできる年齢になったら呼んでくれよな。」


 言いたいことだけ言って、ヤツはふっといなくなってしまった。ちょっと待って、あなたこれから何年遊んでるつもりなの。ママ将軍にチクるよ!

 …ンモー。思うところはあるけれど、せめて一晩泊まっていけばよかったのに。え?「酒場は夜に開いてるもんだ。」あ、そう。さすがヤクタ、気心が知れてるのね。


 考えてみれば、王都に帰る足代わりにされただけだったのか。ちゃっかりしてるわぁ。人情ってなんだろう。

 なんだか寂しい気持ちになったので、ロスタム爺に連絡をとって早く寝ることにしたい。爺やこそ、別行動で馬ちゃんたちの面倒を見させているので寂しがっているかもしれない。合流したらしっかりおもてなししてあげよう。



 宿では聖女様を歓待するべく準備していたのに、肝心なわたしがご不例だと慌てさせてしまった。わたしが悪いわけじゃないけれど、朝になったらひとこと謝ったほうがいいのかな。

 人付き合い、面倒だ。

 でも、元気になっておいしい朝ご飯を食べれば感じ方も変わるだろう。寝よう……



 一夜明けると、回復術の効果もあってむしろ普段より快調。昨日がどれだけヤバかったのかということでもあるみたいだ。

 宿の人には、お礼としてこの船旅の十字架をプレゼントする。不用品の処分? いやいや、まさか。こんなに喜んでくれるんだから、いいでしょ。本当につまらないものですが。


 そして船旅を再開する。城門の前まで行って、そこでロスタム爺、草ちゃんと合流。中央区に入ってシーリンちゃん家、もといカーレン男爵邸が目的地。

 もうすぐ、日数的にはそれほどでもないかもしれないけれども、前回の王都初上京からシームレスに始まった、いや、わたしが始めたともいう十字軍の(クエスト)が終わる。

 いろいろやったわりに、根本はシーリンちゃんがハーさんの第二夫人にさせられるのを邪魔すること一点だ。それは、達成した。あとは、シーリンちゃんの親子が和解できるかどうか。


 できたら、うれしい。できなかったら、ちょっと責任を感じる。やっぱり、ハッピーエンドがいい。

 聖女さまの威光が、それ以前のただの町娘アイシャを知る人にも通じればいいけれども。

 故郷の人々には通じなかった。叔父さんは影でめっちゃ利用してたといっても、尊敬心や信仰心は無いだろう。さて、カーレン男爵は。微妙なところだ。


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