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215 歓迎


 船とルートの手配がつき、旅は再開だ。

 町の通りには“聖女さま行ってらっしゃい”と書かれた横断幕が張られ、港には屋台が立ち並び、これから乗る船の舳先には“聖女さま凱旋丸”と大きく船名が、ピンク色のかわいい書体で書かれている。

 1日必要だった準備って、それ?


 お天気は一昨日の嵐が嘘のように晴れ渡り、川はまだ穏やかとはいえないけれど船出が無理ではないくらい。

 大勢の人々に手を振られ、見送られる中を出航。


 わたしのリクエストで、船には適当な材木を組んだ十字架を立ててもらっている。飾り気は何もない背丈サイズのシンプルな十字。これを、歓呼の声にお応えして光らせたい。

 空が明るいと光では分かりづらいので、紙吹雪の要領で、陽の光をよく照らしかえす薄ーい細かーい透明な魔力片を無数に風に撒き、渦を巻き、省エネで船を光に包む。



 今回の船は大型の一隻だ。ここまでは小型河賊船の船団だったのを、見栄えが悪いから、と立派な船を貸してもらえた。

 見送る人に手を振り返しつつ、人波が途絶えたら船室でゆっくりしよう、昨夜も寝苦しかったから。と予定していたのに、どうしたこと。人波がどこまで行っても切れない。


 そうか、一昨日の夜から近隣中に触れ回っていたから、来れる範囲の住民のほとんどがやって来てるんだ。王都界隈の聖女信仰、侮れない。

 ファンサービスとして聖女服を着るよう頼まれていたから、暑いなか厚い服を着て頑張っているのだけれど、もうそろそろギブアップしたい。まだ朝のうちだから耐えられてるんだ、昼までコレだったら死んでしまう。

 川風が結構あるのが救いとはいえ、油断したらこの大勢に見守られているなかでスカートが風にババッと捲き上げられかねない。伝説の女役者マリリン・マンソンみたいになってしまう。違う?



 見物客はずいぶん少なくなった、といっても皆の肩がふれあう距離から少々まばらになったくらいで、油断した姿を見せられるほどじゃない。

 甘かった。まさかここまで聖女ちゃんが人気者だとは思わなかった。

 滝のように汗が出るので浴びるように水を飲んで、頭がクラクラしてくるのはセルフ回復術でなんとかして、愛想を振りまき続けている。


 別に、相手をしなくてもいいんじゃないか? そうだよ、馬車の中の貴族様みたいに、姿を見せなくても群衆は馬車に手を振ってればいいんだ。

 なんて思っても、みんな一生懸命拝んでいるし、手を振れば飛び上がって喜んでる。これで隠れてしまってはさすがに気の毒だ。

 幸い、朦朧としているのだからこのままぼんやりと続けていよう。



 ……急に、頭から水をザブンとかけられた。なに、また大雨!? 敵? ヤクタ?


「武神のとっつぁんから[アイシャが死にかけてる]って緊急通報だ。オマエ、何をやってたんだ?」


「何もやってない。」


「何もってオマエ、あぁ……新人イビリで昼間じゅう見張りさせてたら死ぬ、アレか。そんなに暑かったら脱げ、ホラ。オラ。」


「人目が! 人目が!」

「言ってる場合か。いや、先に日陰に連行だな。コラ、行くぞ。

 …それにしても、オーク十万人より悪神の使徒より、夏のお天道さまが最強か。そりゃ、そうだわな。」



 岸で待っていた人たちの落胆の声を背にしながら、船室に入って裸に剥かれて水甕(みずがめ)に叩き込まれる。ああ、極楽。このときばかりは体が小さくてよかったと思う。


「この聖女さまスープ、いくらで売れるかな?」


 シーリンちゃんがとんでもないことを言う。男たちは炎天下の甲板に追い払われた。


「そういう安っ(やっす)い商売を考えるもンじゃねェよ。」

「安くないわ、カップ1杯で金貨2枚、売り場を選べば5枚は出るね。」


 シーリンちゃんがエグいことを言う。この水甕ってカップ何杯分かしら。無意識にゴクリと喉がなる。入るときにあふれて減ったけれど、それでも10杯や20杯では済まないだろう、100杯? ちょっとずつ減らせば200杯いけるかも?


「おいアイシャ、なに考えてる。」

「聖女汁がうまく出ないものかと……」


 水甕こと蹴り倒されて、残った水もぶちまけられた。酷い。


 まだ体がうまく動かないまま、軽い薄物を着せてもらってくつろぐ。体が溶けるように気持ちいい。こう、対等だった仲間たちに甲斐甲斐しく尽くしてもらえると偉くなった実感が湧く。

 いや、ヤクタは最初から家来だったような。シーリンちゃんも、頼まれてついて来させてあげてるような?

 どちらにせよ、偉くならないよりは偉くなった方がいいに決まってる。


 汗で重くなって異臭を放つ聖女服は、洗濯の心得がある船員さんに処置を任せる。その船員さんは顔を真っ赤にしていたけれど、真っ白な洗濯物が真っ青な空にひるがえって、見物客に見られるのは恥ずかしくもありながら、綺麗だ。


 船は、もう支流を過ぎてアルタリ河の濁って広々した水域に入っている。

 岸は遠くなった。左側には芥子粒のように小さく人々の姿が見える。右側は陸地もかすんで、よく見えない。あちら側にも見物客は来ちゃっているんだろうか。



 王都に流れる運河は、王城がある北の方から揚水施設で水を持ち上げて、外郭都市が広がる南の方に下って広がっているらしい。

 我々は、河のいいとこらへんで小さい船に乗り換えて運河を上っていくらしい。。


 もう懐かしいワスーカ湊を見送ってさらに進み、見物客もいないあたりで船を乗り換え、ここで馬ちゃんたちは陸路で信頼できる牧場に預けてもらうらしい。

 (アシュブ)ちゃんだけは王都でも必要になるかもしれないから、爺やにそちら側に回ってもらって、草ちゃん係として後で連絡を送ることに。



 さぁ、外郭とはいえ、やっと王都に到着だ。

 また徐々に、左右の両岸で手を振る人が増えていく。見れば、運河の上を“聖女さまおかえりなさい”と書かれた横断幕が張られている。短い間で、どれだけ準備万端なんだ。


 胸が温かくなって涙がこぼれそうになるけれど、誰も、別に友達だったり知り合いだったりはしないのよね。今後、どうしたものだろう?


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