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214 漂着


「あんな嵐、誰も予測できなかったのぉ!?」


 安全が確保されて、ようやく怒り心頭のシーリンが河賊たちを弾劾する。


「あれだけの事は滅多(めった)にねェんですが…」

「滅多にないってことは、たまにはあるんでしょうが! アイちゃんを危険にさらしたなんて河賊どころか国賊よ!」


「いいじゃねぇか無事に済んだんだから。オマエが怖かっただけの話をアイシャに持ってくなよ!」



 アイシャは気ままに喋り続けたあと、パッタリと倒れて健康的な寝息を立てている。果物を作った時とも同じように武神パワーの魔法を使いすぎると、酔ったようになって眠ってしまうようだ。

 本人はケロリとしたものだが、その力を使いすぎるとどうなるものか、仲間としては心配なので使わないで済むようにしていきたい。


 そう思ってシーリンやロスタム爺は怒る。

 だがヤクタとしては、ある程度は能力を把握しておくべきなんじゃないか、もしアイシャが潰れて台無しになるようなら武神からツッコミが入るだろう、何も言ってこないなら安全だということだろう。そう高を括っている。

 ただ、見世物にはしたくない。貧民から小銭をとったりすればアイシャの奇跡の値打ちが下がる。



 さて、問題はここからの旅路だが。


(わたくし)めどもに何なりとお命じください! 聖女様とお連れ様のお力になる望外の名誉を、ぜひ我々に賜りくださいますよう!」


 港町の人々がヒートアップしている。水運業に携わる人々がもつ情報の速さはイルビース市民などの及ぶところではない。「救国の聖王・聖王妃」の話題は、外向けには口をつぐまなければならないものだが、内々では端切れのような情報にも金が積まれる勢いで欲され、憶測まじりながらかなり正確に伝わっている。

 そして、サディクとアイシャの消息がつかめないことまでも知られており、そのアイシャがドラマチックに現れたのだ。誰もが興奮の坩堝(るつぼ)に叩き込まれている。

 儲け話のタネを素通りさせてなるものか、なんとしてもカネにつなげてやれ。素朴な信仰に包まれた欲の本音が歓待の形をとって聖女一行をおもてなしする。


 ところでアイシャの外見情報は“小柄な聖女服の少女”としか広まっていない。もし平時に普通に訪れていれば誰にも気づかれなかっただろう。

 だが、河賊の頭目となったヤクタは“並外れて大柄の、ガラが悪い黒っぽい美女”として噂話の人気キャラクターになっている。良民の間の冒険譚では影が薄い彼女も、場所が変われば話題の主なのだ。

 その“雷獣”が、小さな美少女を下にも置かず頬ずりしかねない雰囲気で抱っこしているのだから、あの娘こそ救国の超☆聖女に間違いないと誰にも思われていた。



 ジュニアなどは酒と女で簡単に籠絡されているが、いかんせんこの男はチャランポランなうえ詳しいことを知らない。ならば、といってもヤクタやシーリンを色男で懐柔しようとも無理がある。

 思うように話が進まないなか、酒ばかり浴びるようにかっ喰らう関係者にそろそろ憤りの目が向けられる頃、聖女が眠りから目を覚ました。


――――――――――――――――――――――


「よく寝たーっ! ん、王都に着いた?」


 目が覚めたら、またもや知らないところだ。どういう状況だろう、記憶を確かめる。

 なんだか途中から、楽しい、満たされた気持ちの夢を見ていた気がする。どこからが夢だか、記憶が曖昧だ。船に乗って、雨の音を聞きながら眠って、それでどうなったっけ?



「まだよぉ。ここはヴェイン川の支流に入る港町。予定ではこの支流からアルタリ河で王都近くまで行くはずだったんだよねぇ。陸路に切り替えるか、川が安全になるまでここに逗留するか。陸路がいいと思うけど、どうする?」


「そこでございます!」

 知らないおじさん、後で聞いたところでは港町の町長であるという人、が噛みつくような勢いで割り込んでくる。


「1日のご猶予をいただきたい! 私どもならば、早急に水路を回復し、王都の中まで運河を通ってご案内させていただきます!」


 うん。わたしは今回、まだ船に乗り足りない気がするからそれもいいと思う。みんなは、ヤクタ?


「おゥ、テメェら! 姫聖女さまの温情だ! 怠け者は殺すぞ、今日、今から気合い入れて働きやがれ!」


 横に聞いてみただけなのに、問答無用で決定事項になってしまった。シーリンちゃんたちは実に嫌そうな顔をしちゃっているけれど、脅迫ないし喝を入れられた男たちはもう叫びながら走り散ってゆく。

 殺したり、死んだりしなくていいからね。でも気合いは入れてね。



 その夜は町長さんまでも走り去って、この先の港々の被害状況の調査や復旧にあたってくれているらしい。この町でも夜通したくさんの人が走り回っていて、充分に昼寝したせいもあって全然寝つけなかった。


 次の日も同じ雰囲気。

 わたしたちが乗ってきた船は、船首からまぁ見事に裂けていた。が、不思議なことに木材から芽が出て枝が伸び、絡まりあって割れたのを繋ぎ止めている。神秘だ。

 でも、これを水に浮かべて乗れるかといえばまた別問題。いかつい河賊の水夫たちも首を振るばかり。頑張って船の形をつなぎ止めたのに、もう使えないんだって。かわいそうな子。


「この船は聖女さまの奇跡を後世に伝えるため、陸に上げて残そうと存じます。つきましては、サインを頂けましたら……」

 なんて言われたので、裂け目の辺りのわかりやすいところに書いた。


“船で来た。アイシャ ☺️”


「あの、隣のそれは、似顔絵で?……いや、お上手ですな。ハハ、ハ……」


 よく言った。あなたの背中にも落書きしてあげよう。さぁ、バカなことやってないで、準備をしないと。


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