212 墓参り
辛い夜も楽しい夜も、いつだって同じように明けて次の日が来る。新しい日が楽しい日になるか、辛い日になるか、その日が暮れるまでわからないことだが本人の感じ方次第のことでもある。
アイシャは仲間を引き連れて、聞いたところの墓地にやってきている。
弔いの文化も土地や宗教により様々で、どの形式が進んだ文化的なもので他は劣ったものだなどとは決していえない。例えば、死後、魂の不滅だけではなく肉体での復活も訴える宗教の下では比較的丁重に扱うし、自然派なら鳥葬や風葬もある。
この国では魂は塔に昇って天に帰る、あるいは昇ったあと故郷に帰ってきて大地と交わる、などと曖昧に信じられていて、庶民の遺体の扱いは共同墓地に埋葬して終わりだった。
だが最近、外国からの文化の流入で庶民も個々の墓碑付きの墓を持つようになり始め、そんなところまで革命家が政治のタネにしている。
アイシャは、まだいまいちピンときていない。
と、いうより実感がない。涙のひと掬いもこぼしてやろう、と決めてきた。あるいは聖女なら、半神なら死者の声を聞けたりしないか。そんな期待もあったが、吹き付ける乾いた風のようにからりと、気配の手応えもなく手をすり抜けていく。
この下に、お父ちゃんの体が埋まっているのかな。まさかあの人でも、そこまで嘘じゃあるまい。そうは思っても、ただただ空虚だけが心に広がっている。
「大丈夫? もう、行こう?」
虚ろな目で放心する少女に、仲間たちが危ぶむような、気遣うような視線を向けている。
なんてことない、こんな感じだって知ってたんだから。強がりとも本音ともとれるような声色で返し、「天の御座にて、先の代で会いましょう」と、ここだけは聖女らしく厳かなふうに一般的な聖句の断片を唱える。
暫しの後、さっと振り向いて両手を広げ、軽々と宣言する。
「さぁ、王都へ!」
*
食料、弾薬その他の準備はすでに済ましている。日は中天に登り、空の青は深く、目指す先には入道雲が、太陽や彼の塔と高さを競うように湧き立っている。
小高い丘からは後にしてきた領都が一望できる。かつてはあこがれの街だったが、不思議なことに縁がないということはあるもので、今回もまた観光を楽しむ暇もなく出立ということになってしまった。良い思い出があまりない街ではあるものの、こうして見るとキラキラ輝いていて、すこし名残惜しくもある。
それぞれの馬と戦車、小型馬車が連れ立った、なかなか豪勢だが不思議な一団が行く。
仲間たちはアイシャと革命家の叔父の間に何があったのか何となく聞けずにいて、いくらか気まずい思いを抱えたまま、領都の西門を過ぎていく。やがて、かつて女騎士たちの行軍を見送った大橋に近づいてくると、ヤクタには思い浮かぶことがあった。
「そうだ、近道で行こうぜ。」
昨夜、旅の思い出話をしていたときに本来なら閃いていたかった案だが、これは例の“雷獣”の二つ名に深く関わるネタだ。
「お前ら、ちょっと休憩してろ」と言い残し、ヤクタは橋の番兵の詰所に堂々と入り込んでいく。ほどなく、その詰所から一本の狼煙が上がった。
アイシャが爺やに聞いたことでは、橋の番兵とは軍事施設でもある橋を警戒・管理し、時には通行料を徴収したり封鎖することもある衛兵だということだ。
このご時世でも無体を働かず橋を一般開放しているのだからイルビース伯の治世は大したものだ、などと重々しく感心している姿を見ればそんなものか、とアイシャも感心するが。
戻ってきたヤクタが説明する。
「あの狼煙は問題なしの定時連絡だが、馴染みの河賊への連絡の暗号も兼ねていてな。平たく言やぁ、賊と橋番で馴れ合ってるんだな。
で、河賊に呼び出しをかけて王都までの足にしてやろうって案だ。いいだろ。」
ひどい話。伯爵の治世に感心して損した。さしものアイシャも苦い顔をせざるを得ない。ロスタムもシーリンも険しい顔をしている。
ひとり「さっすが姐さん!」と幇間の風情のジュニア。貴族なのにそれでいいのか。
一同の思いを他所に、以前ボスに就任していたヤクタの呼集に反応する賊たちのフットワークは軽い。気がつけば橋の下の川原に船団と船着き場ができている。ちょっと待つなら軽食の準備を、とアイシャが荷物を広げようとした間の出来事だった。
さらに呆れている間にも馬たちや馬車本体も丁寧・迅速に船へ積み込まれていく。
気がつけば、ガラの悪い男たちが身をかがめて案内するのに連れられて自分も船室に入っていっている。男たちが髪にタンポポなど雑草の花を挿しているのはなにかの精一杯のユーモアだろうか。
*
あれよ、という間に船が漕ぎ出される。
面食らってはいたが、戦車の上では立ちっぱなしか、荷物を積んだその上に座るかで身動きが取りづらい。それを思えば河賊の御座船はまあまあ快適とはいえる。文句が無いわけではないが、大人しくしていてあげよう。
いや、やっぱりひとつ、文句を言わせてもらおう。
ある程度進んで、船員たちの緊張も緩んできたところで背筋を正し、ヤクタを問い詰める。
「ねぇ、船に乗るのはいいアイデアだよ。わたしは前回通りでいいと思って何も考えなかったし。でも、正規の船便でよかったんじゃないの? 賊じゃなくても。」
「おぉ!」
いま初めて気がついた、とでもいうように大きく手を打ち鳴らした河賊のボス、雷獣ヤクタ。なかなか以ってどうしようもない女だ。
「おっちゃんの肩持わけじゃぁないけど、この国の運送業者は山賊水賊と結局変わらないのは本当のことよぉ。宰相様がなんとかしようとしてくださってても、なかなか、ねぇ?」
シーリンが「商家にとっては頭痛の種だわ」と本当に頭が痛そうに呟けば、この2人が納得してるのならと、アイシャも“なんとなく”ではこれ以上嫌がり続けられない。
それに、すでに出航しているのだ。いまさら好きも嫌いもない。やることがないから色々なことを考えてしまうが、これはこれでまた、ヤクタのいう“待ちのターン”だ。
次第に雲が増えてくる空を見上げながら溜め息をひとつ。王都はまだしばらく先だ。