210 散策あるいは彷徨
とりあえず有力革命家グループの頭目と面会し、懐柔するという極秘潜入任務に成功した。サッちゃんの家来の優秀な男たちが誰もできなかったことを、1日かけずにやってのけた。すごくない?
とは言っても、まだ仕上げが必要だ。叔父さんをサッちゃんに会わせて、心酔させて飼いならすか、破局させて関係を断絶させるか。そこまでやって、仕事を完遂したことになる。
「わたしはこれから王都に向かってサッ…ディク殿下に事の次第を報告して、叔父さんが王子様に会う準備をしておきます。そちらは、何人でもいいからのんびり来てもらって、冒険者ギルドを通してわたしに連絡ください。迎えに行きますから。」
ひとまずケイヴァーンことミラード叔父の拘束を解いて、思いつきで話す。何の準備もしていないまま、雰囲気で喋っている。
上手く行けばいいけれど、いかなかったらどうしよう。っていうか、そもそも偽ライ兄ちゃん作戦を許したわけじゃない。それは、殺しても許せない罪だ。
でも、彼に暴力は振るわないと決めた。だったらもう、わたしの今後の人生のなかから叔父さんという存在との関わりを消すくらいしかできることがない。この後は、わたしたちはまったくの他人だ。
その前に、最後に聞いておかなきゃいけないことを聞く。お父ちゃんのお墓は、どこに?
「ここでは、市民の墓地は街の外の丘に作らなきゃいけない法がある。貴族たちは大神殿に豪壮な墓を建てているのに、だ。許せるか、こんなことが。」
また、思わぬところから革命議論が始まってしまった。まあ、それは非道いと思うけれども、わたしに同意を求められても。
聞いていると終わりそうにないので、縛り直すふりをして強引に聞き出す。北の丘の一等墓地、ね。ありがとうございました。あとは、サッちゃんとお話をしてください。
*
帰る。夜遅くなってしまったから案内するよ、というプーヤーくんの申し出を振り払って、夜の街に出る。
ちょっと一人になりたい気分だ。少々物騒とは言っても、ここは上街。治安が腐ってるようなことはない。でも、女の夜歩きはどこだって非推奨だ。警邏の衛兵さんに見つかると怒られるから、人の気配は避けよう。
思っていたより夜も更けていて、街の灯りも少ない。月も新月に近くなっていて夜空も暗く、足元もおぼつかないほどだ。
ヤクタたちの気配を追っていけば帰れるだろうと高を括っていたけれど、光の糸を作って疲れたのか、自分の気配をそこにバラ撒きすぎたのか。眠すぎる時のように気配の受信がぼんやりしすぎてよくわからない。
これじゃあ、衛兵さんが近づいてきてもわからないじゃないか。あわてて路地裏に入り込む。
完璧に迷った。もう、街の中の大体の位置も方角も、何もかもわからない。しかも、真っ暗。ひさしぶりに泣きそうだ。
もう、正直に衛兵さんに迷子だと言って宿まで送ってもらおうか。でも、革命家とのつながりを疑われて、ヤーンスにいたザコ革命家みたいに逮捕されるかも。じゃあ、夜が明けるまで待とうか。でもなぁ、ジュニアや爺やに怒られるんだろうな。嫌だな。やっぱり、夜のうちにこっそり帰っていたいな。
ふたたび、あてどもなく歩く。何かあるだろう。来るときに見た目印を思い出そう。通りに張り出したお店の看板、塀の上の猫ちゃん、道端に椅子を置いて日がなぼんやりしているお爺さん。
…うぅん、わからない。歩き疲れ、くじけて道の真ん中に座り込む。今が寒い季節でないことだけが救いだ。もし雪が降るような季節だったら、恥も外聞もなく泣きながら手近な民家の戸を叩いて救いを求めていただろう。つまらないことを考えて心を慰めながら、もう一度歩き出す。
*
だんだん空が黒から紺色へ、明るくなってきた。小鳥も鳴きはじめる。ヤーンスの町娘だった頃はこんな時間に起きて外にいたことがなかった。最近は、なんだか珍しくもなくこんな空を見上げている。
流浪の身の辛さよ。やっぱり、こんな生活していたらいけないと思う。
べそをかいて滲む視界が、ランタンの灯を遠くにとらえた。反射的に路地に逃げ込む。
ガチャ、ガチャと重い金属質の足音が響く。気づかれただろうか? めっちゃ怪しくない?わたし。
じっと身を潜め、効果の程はしれないが気配を消して、物陰で彼らが通り過ぎるのを待つ。わたしの小さな心臓はバクバクいっているけれども、緊張感のない会話とともに足音は過ぎ去っていく。
ふぅ。ひと息ついた瞬間、
「アイシャちゃん。なにやら災難だね。」
背後から男の声がかけられ、我ながら情けなくも腰が抜けてしまう。そうでなければ、無意識の反撃で彼を殺してしまったかもしれない。
その殺されなかった幸運な男は、ナヴィドさん。“街を守る良いヤクザ”を標榜する魔法使いの怪人だ。今日のいでたちは、額に端で重なった2つの目、頬骨のあたりの左右に2つの鼻、口は普通だけれど全体には今まででいちばん狂っている顔立ちだ。あんまり奇妙なので逆に冷静になるけれど、この時間帯にその顔を隠さずに外に出るのはどうかと思う。
「あら、お久しぶり、ナヴィドさん。先日は結構な贈り物を頂いて、まあ、今日は何のお返しも持ち合わせていませんが…」
「いいさ、礼なら別クチでもらってる。とびきりのヤツをな。」
「そう、だったらいいけれど。あ、モルモルさんのことはお悔やみ申します。」
「モルモル…モルヴァーさんか。いやいや、どっこい生きてる。」
「みんなの心のなかに、とか?」
「詩的だね。そうじゃなくて、この瓶の中。」
「えっ、どういうこと……ホントだ、かわいい。」
怪人が懐から取り出した妖しい瓶のなかには、小さい、微妙に曖昧な幼い人影がうずくまっていた。
思い返せば、モルモルさんの姿を見たことはなかった。が、直感的にこれはあの人だとわかる。
「今は1日中寝てばかりだがよ。グリゴリィとかいうヤツが引き取りに来るまでは俺が自由にしていいっていう契約だ。魔法の触媒にしたり、研究したり、夢が広がるぜ。」
「まァ、大人げない。」
その後もいくらか近況のことなど話し込んで、最後に、
「特別サービスで“吉報占い”のプレゼントだ。右に真っ直ぐいったトコの広場で、探しものが見つかるでしょう!じゃあな。」
探しものって、宿の場所を教えてよ。
微妙に気が利かない言葉を残して、怪人はすっかり明るくなった路地裏の暗がりに消えていった。さて、わたしも動かなきゃ。右っていうと、自分とナヴィドさん、どっちから見て右かな?