208 懐かしい人
はるばる戻ってきた領都イルビース。ようやく到着し、宿に腰を落ち着けてまもなく、訪れたお客はシーリンちゃん家のお店の従業員、懐かしのプーヤーくんだった。
で、聖女の証拠を出せという。
正直、そっちから来て証拠が要るなんてふざけた話で、出してあげる義理はない。でも、古い知り合いに自慢できるなら見せてあげるのもやぶさかでない。
友達サービスだよ。
「これが、サディク王子さま王家の指輪。あと、これが聖女スパーク。じゃなくて、祝福。」
自分の指なら2本入るほどの大きな指輪を、実家に残っていた色糸で編んだ飾り紐を通して首飾りにしたものと、緑色の光の玉を出してあげる。
「お、おぉ? …おぅ。わかった。わからん。わからんことがわかった。
俺じゃわからんから、上の人に判断してもらうよ。一緒に来てくれないか。」
「ん? てっきり、シーリンちゃんのお使いだと思ってた。違うの?」
「あぁ、違う。ところでアイシャ、政治の話に興味は?」
「無い。
…あれ、前にも誰かと同じ話をしたよ。ということは革命系?」
「話が早いな。しかし、あんたが聖女アイシャだってことは、ライ将軍の妹さんなんだろ? 興味なくていいのか?」
ビックリした。いままでもビックリしながら生きてきた人生だったけれど、こんなにビックリしたことはない。
田舎から都会に出てきた少年がいつのまにか仕事を放ったらかして革命の志士にかぶれてたのもちょっとはビックリ、でもそんなんは問題じゃない。
兄・ライは、父・ユースフと一緒に死んだと、魔法ヤクザのナヴィドさんは言っていたそうだ。そして、叔父・ミラードは、父の遺体を確認したと告げたあと、兄は行方不明だとも言った。
そりゃあ、生きていてほしいに決まってる。将軍と呼ばれたのは、ちょっと余りにも分からない。頭がぼんやりとしびれて、考えることが難しい。
「会わせて。ライお兄ちゃんに会わせて。」
「ちょっt、待てよ。お前を招待した俺の上司はまた別の人でな。なんと、あのケイヴァーン先生の右腕にして副長、キミヤーさんなのさ!
後で面会できるよう俺からも頼んでやるからさ、まず来てみてくんねぇかな。あ、そうだ、ライ将軍の件は大々的に公表するまで、知る人ぞ知る秘密、隠し玉ってことになってんだ。そこんとこ、頼むぜ。」
調子のいいことを言ってプーヤーくんが手招きをする。ヤクタたちはもう寝ちゃった。起こしても、歩くのはまだ辛いだろう。1人で行こうか。
それにしても、ライお兄ちゃんに将軍は無理だよ。先日まで将軍の仕事を間近に見てきたから、わたしにはわかる。そんなことを言うと、「そうか? 立派な人だぜ。」って。
身内が褒められるのは嬉しいけれど、そんなことってあるだろうか? まあ、わたしの身内も、わたしが聖女だ武神姫だって聞いても信じないだろう。
そんなこともあることなのかもしれない。
*
空が薄闇に傾くなか、表通りから近からず遠からず、じめっとした人通りのない方へと案内されていく。
あるお家の裏側に入り込み、壁をノックして2,3言ボソボソやり取りしてから別のお家に入り、2階からさらに別の家の階段しかない部屋に渡って、地下まで階段で降りたところが、革命家グループの上街の隠れ家であるらしい。
効率よく隠れるよりも、こういう雰囲気、ロマンを愛してる匂いがプンプンする仕掛けだ。
「ようこそおいで下さいました。僕はケイヴァーン組の副長、キミヤーです。君が、噂の超聖女様ですね?」
出迎えてくれたのは意外にも妙齢の女性。浅黒い肌に長身なところはヤクタに似ているけれど、落ち着いた雰囲気。薄暗い部屋で顔立ちが分かりづらいなか、顔の片面を黒髪で覆っているのがミステリアスな、多少あばた面ではあるがたぶん美女だ。その周囲には数人の若い男。
カッコいいなぁ、男社会で対等に戦う女の人。こっちの大将軍も女騎士も、あっちの総司令も副司令も、盗賊団の首領も商売のお店でも、いろんな人がいた。まだまだこれからの姫騎士にも期待だ。
わたしは、そういえば対等を意識したことがないなぁ。武神姫も超☆聖女も、そもそも誰とも対等じゃないしね。人に甘えられることは、なるべく任せてきた。これから普通の仕事に就くなら、それじゃダメかな?
ひとまず、キミヤーさんと無難に挨拶を交わし、全体的に全てがもどかしいので早速、ライお兄ちゃんのことを聞く。適当なことを言うようなら、滅ぼすよ。というオーラを込めて。
「プーヤーはそんなことまで言ったのですね。しょうのない子。最速で聖女様をお連れできた手腕を認めようとしたのだけど、お仕置きが必要かしら。
…ライ将軍はケイヴァーン先生と共に、今夜遅くにいらっしゃるわ。お待ちいただける?」
そうと聞いて、待たないという選択肢はない。ケイヴァーンことミラード叔父さんに会うのは気が進まないが、それもしなきゃいけなかったこと。ハラをくくりましょう。はぁ、ぽっこりぽっこり。
いや、私のお腹はぽっこりしてないよ。兄ちゃんのだよ。体は大きいのに気が小さくて、客先に出向くときにずーっとウニャウニャしてたのを「いい加減ハラくくれ」ってお父ちゃんが言って、わたしが紐でくくってあげたときにそんなふうに歌ったってお話。
懐かしいな、ソワソワしっぱなしだ。生きててくれたなんて、オーク軍に勝ったときより嬉しい。
なにか革命家さんたちが政治の問題を話しかけてくるけれど、耳に入らない。そのかわり、みんなにライお兄ちゃんの思い出話を教えてあげよう。
お兄ちゃんはお父ちゃんに輪をかけて地味な人で、彼にまつわるおもしろエピソードは全然ない。結婚もまだだし、ケンカとか悪自慢も一切ない。でもたったひとつ、地味な恋バナがあった。あれを盛って話してあげよう。
あれはわたしが9つの頃だったか。町なかの、冴えないけれど働き者の1つ歳上の女の子に急に恋をしたらしい。お目々パッチリの可愛い娘だった設定にしてあげる。
さて、お近づきにならなきゃあいけない。なので、わたしが話す練習台になった。ちょっと着飾ってお化粧もして、椅子の上に立って身長をごまかして、足元は巻きスカートで隠して。
そのわたしに向かって一生懸命に恋の詩を朗読しているところを他の人に見られて、変態だとの噂が広まって彼の恋は破れた。
そこで話し上手の人だったら、うまいこと言って笑い話にして、意中の人にも面白話を披露できただろうけれど、いかんせん彼には無理だった。
あ、みんな受けてる。プーヤーくんは笑いをこらえすぎて変な具合になってる。クスクス笑いを隠さないキミヤーさん、ウチの兄、おすすめ物件ですよ。
なんて話をしていると、ドヤドヤと人の気配が近づいてきた。
「皆、ご苦労!」
「ラ、ライ将軍、妹君がお越しです!」
横柄な感じの大男と目が合う。不審げな視線がサッと理解の色を示し、そらされる。
「誰?」