20 銃手
ヤクタがオーク族の暗殺者からせしめてきた“銃”でひと儲けするには、ものすごい元手が必要になるらしい。その投資で本当に大儲けできるなら、言われたように出してもいいんだけど、たとえば、あのドーンっていうの一発で金15枚かかるとかだったら本当に無理だよ。どうなの?
「それはっ! 大丈夫、さ……多分。
アタシも忙しくてさ、あんま、詳しく聞けてねぇんだよ。今から一緒に行こうぜ。アイシャから安くして♥ って言ってやったらもっと安くなるかもしらんし。」
本気でしょうか、この女。確かにお父ちゃんに対してのおねだりは百発百中ですが、それはお父ちゃん相手の間合いがわかってるからであって、知らない盗賊の仲間に交渉するなんて、恐怖しかないです。
「なァに、四の五の渋るようなら半殺しにしてやりゃあいいんだ。相手も、できる手段は全部使ってくるんだから、こちらも使える手は全部使う。商売でも、農家でも、相手は一般人だろうが神様だろうが、どのみちクソ男なことだけは違いないんだから。交渉は任せてくれ。アイシャには、後ろで愛想を振りまいて、アタシの合図でぶん殴ってやる仕事だけ頼むぜ。」
言いたいこと言いますね、この女。でも頼れる感じ。それに免じて、ついて行ってあげましょうか。なるべくぶん殴らないで済むようにお願いしたい。あと、こちらからもお願いがありました。
「鹿狩りか。いいね。銃の試し打ちにも良さそうだ。武神様を探しに行くってのも、たしかに必要だしな。商売にするなら鹿狩りよりもっと大きい仕事があるだろうけど、銃の出来次第だな……
お、着いたぞ。このボロ家の地下だ。」
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物騒な話をしながら歩いていた女二人連れは、町外れに建つ廃屋に入り、勝手に床板を剝いで、現れた地下への階段を降りる。
長い階段の途中の暗がりに隠れた紐を引いて合図を送り、階段を少し戻って、アイシャが気づきもしなかった隠し扉に入る。
「この通路も、明かりをつけると間違った方に誘導される魔法がかかってるから、暗いまま落とし穴に嵌らんように行くぜ。気をつけな。」
「魔法?」
「オークのお仲間さんの邪法さ。怖がるようなもんじゃねぇよ。行くぞ。」
闇の中の道をヤクタに手を引かれるままに進み、やがて歩みが止まる。
「クソジジィ、“黒豹”だ。」
「八釜しい。外から聞こえとるわぃ。」
右に向かってヤクタが吠えると、下から返事が響く。ヤクタが左の壁に向かって護符を掲げると、後方に下り階段が薄明かりに照らされて浮かび上がった。慣れた足どりで降りるヤクタについていく。
扉が開くと、急に強い光が差し込んで目がくらむ。これも罠だとしたら、警戒も度が過ぎるというものだ。すでに面倒くさくなって拗ねた態度を取ろうかとしていたアイシャだったが好奇心に負けて、目を細めて部屋の中の人物を睨む。
「よぉ、黒豹。今日は拐かしか? おぉ、上物だ!」
「呆けたか、ジジィ。こっちはアタシの用心棒さ。毒蛇斬りの武神流。手前が眠たいこと言ったらこの娘にドツいてもらうためについてきて貰ったンさ。」
ヤクタが“ジジィ”と呼ぶ彼は、やはりそれほどの年齢にも見えないが、異形である。上半身の体格は大柄であるが背が極端に曲がり、頭髪は禿げ上がっていて、目が右目は2つ、左目が1つあり、右の上の目以外は潰れている。右手と両足は極端に短く、左手が恐ろしく長い。光の具合で、色が正確に見えているかはわからないが、肌は灰色だ。その体を服で誤魔化せるだろうに、あえて誇るようにピッチリして露出の多い服を着ている。
「アイシャ、コレが、情報屋の“吉報”ナヴィドだ。見た目は酷いが、大丈夫か?」
「んー? ミー…ケイヴァーンさんよりオトナ渋くてダンディだよ。」
アイシャにとって叔父は世界最大級の危険人物であり、魅力とかそれ以前の問題だ。だが実は、あの叔父は世間的に評価が高く、革命家界隈での女性人気も豊富にある。
その辺の事情はまるで知らない美少女からの嘘偽りない評価に、異形の情報屋は我知らず口元をほころばせた。
「ジジィがニヤけてんじゃねェや。それより、銃だよ。カネ出していいから、何にそんな大金が必要なのか詳しく説明しろ。」
まだ、出すって言ってない。アイシャがギリギリのところで言葉を飲み込んでヤクタを睨むが、情報屋ナヴィドはアイシャに向かって説明を始める。
「硫黄だよ。知ってるか、硫黄。産地じゃあ高価なものでもねぇが、わざわざ取り寄せなきゃあらねぇからカネがいる。
それから硝石。これはこの辺が一大産地だから潤沢だが、そもそもオーク族が押し寄せてきてるのはコイツが目当てなんだ。そのオーク族の手先の商人と取り合いになってるから、価値も暴騰してやがる。
それらを調合して、秘伝の火薬を作る技術料。これをケチったら出来るものも出来ねぇ。当然だろ? 鉛玉も、手前で作れるなら安く済むだろうがな! ま、それら込みで10発分の弾丸と火薬、金15枚か大銀150枚。剣豪のアイシャちゃんでも負からんぜ。」
聞いたことがない情報も交えながらの話に感心しきりのアイシャ。情報屋が、商売道具の情報をえらく軽々と開示したものだ、これはもうひと押しできるな! とニヤリ顔のヤクタ。
情報屋はなおも得意げに話を漏らす。オーク族の侵攻が遅いのは、外交でこの国を屈服させて資源や資産をまるまる頂こうとしているからだ。屈服することになったら、良民は今年から税金が倍か3倍になるだけで今まで通りだが、王侯貴族はオークの家来の小役人みたいな地位に落っこちまう。
国の方針が割れに割れているなか、サディク王子とかいう跳ねっ返りが一軍率いて出張っちまった。勝てるとも思えないが、もし王子が勝ってしまったら、どちらも引くに引けない泥沼血みどろの戦争が始まるぜ。
素直に心配そうな、気をもむ表情のアイシャだが、銃に関しては何か心当たりがあるようだ。




