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207 懐かしい顔


 領都イルビースに足を踏み入れる。三度目ともなれば、土地勘らしきものも湧いてくるし、浮かれるほどのこともない。


 空腹ではある。朝、また果物をつくって食べようかとしたけれど「また昏倒しても厄介だし、あれは正直怖いから控えたほうがいい」なんてヤクタからさえ言われる始末。

 爺やが器用にも、夜明け前から魚捕りをしていてくれたので飢えはしなかった。そして昼頃にはもう領都が見えてきたので、少し遅くなっても昼食は街でいただこう、ということで今に至っている。



 馬は、上街にまで乗り入れると税金も厩代もたくさんかかるので、街の外の牧場に預けるのが一般的らしい。預けて大丈夫なの?って聞いたら、なるべくこちらに社会的ステイタスがあることを見せつけておけば、街なかで自分で気を配るよりは安心。なんだって。

 (アシュブ)ちゃんだけは荷物運びのために、戦車部分は外して連れて行く。たくさんの荷を載せたので、ここからは私も徒歩だ。


 下街の大通りで遅めの昼食に屋台料理を適当に選ぶ。


 最近、この辺には東からのみならず、政情不安になりつつある西の方からも流民が入ってきているらしい。そのせいか、見慣れない料理もあり、不思議な香りも漂っている。

 でも、わたしは定番の塩漬け肉をはさんだ薄パン。ヤクタとジュニアはでっかい串焼きに、いきなりのお酒。


 お金は、十字軍解散のときに充分に貰ったし、ジュニアは最初からたんまり持ってたらしいので、その心配はない。とはいえ、大丈夫? それ、何の肉? あんまり見たことない形してるけれど。いいよ、わたしは食べない。

 爺やは? 同じ肉食べてるの。昔、西の方でよく食べてた、大水ネズミの肉? やめてよね、ネズミなんて食べるもんじゃないですよ。



 食べながら、歩みを再開する。かつての大火事の跡はあらかた片付いたふうだけれど、新しいお家を建てている(にぎ)わいと、沈んだような掘っ立て小屋の一角との差が生々しい。

 さらに歩く。

 なんとなく見知った方に歩いて、なんとなく見知った門にたどり着く。


「ジュードさーん、おひさ! また来たよ☆」

「アイシャちゃんじゃないか、相変わらずだね。どこ行ってたんだい。」


 変わってないかな? オトナっぽくなったとか、なにか無いかしら? 色々あったのに「相変わらず」と言われたのが心外で問い詰めていると「ウザ絡みは止めといてやれよ」なんてオトナの意見をもらってしまった。なんだか納得できない。



「そうだ、外から来たなら噂を知らないかい? オーク族が追い払われたそうだ! 王太子様が聖女様のお告げを受けて、その命を受けた天剣様が神の子?とやらと一緒にサディク様の軍を引き継いで、あっという間にやりなさったらしい!」


 厄介は避けておけ。そう言いたげな視線を皆から感じる。

 でも、その噂はあんまりだ。わたしが聖女ですと名乗る気はないけれど、サッちゃんのために訂正してあげたい。


「違うよ、ハー…フェイズさんが神の子ちゃんと一緒にサディク殿下の仲間になって、一緒にやっつけたんだよ。えらいのはサッ…ディク殿下だよ。」


「そうなのか! いや、俺もそうじゃないかと思ってたんだ。やっぱりサディクさまは恰好良いよな! ところで、神の子?って何なんだい。まさか、アイシャちゃんのことじゃなかろうね。」


 笑いながら妙な方向にちょっと危険なことを聞かれてしまったので「まっさかぁー」って笑い飛ばしながらも、早く立ち去ろうと方針転換。

 違うよ、神の子ちゃんはハーフェイズさんの新しいお嫁さんだよ。ウワサ、訂正しておいてね。なんて言い残し、オウヨ、今日中に街の半分には広めるさ、と頼もしい返事を受けて、手を振り振り別れる。



 宿は、前回も泊まった少し良い宿に決める。(ゲン)が良いとは言えないところだけれど、質的には疑いがないから問題ない、はず!

 と思って4人部屋に入った瞬間、後ろの3人がお腹を抱えて崩れ落ちた。


 どうしたの。ネズミ肉に(あた)った? 今まで我慢してたの。バカね、いわんこっちゃない。ネズミの呪いだよ。治してあげるから寝転がってお腹を出しなさい。



 治療は、すみやかに回復術で済ませた。とはいえ、体力と心の消耗はあるから、寝て治すのがいい。

 この街では、まずシーリンちゃんと合流して、ミラード叔父さんに革命はつまらないからやめろと言って、お父ちゃんのお墓参りをして、それから王都に帰る。

 帰る? ってのも、妙だよね。家もないんだから。でも、なんとなく、そう。

 きっと、王都での記憶がキラキラしてるから、あのなかにいる自分に帰りたい。そんな気持ちなのかもしれない。


 それより、最初にやることはシーリンちゃんとどう連絡をとるかだ。もう到着済みかもしれないし、そうでないかもしれない。とりあえずは、彼女のお家の常宿、あの豪華ホテルで聞いてみようか。



 そう考えていると、部屋の扉がノックされた。

「聖女アイシャ様はご滞在でしょうか。」


 若い男の声。さっき街に着いて、いま宿に入ったばかりなのに、誰が、何の用だろう?

「はいはーい、どなたですか?」


 考えたって答えが出るはずもない。ほかの3人はぐったりと転がっている。仕方ない。と思うより早く体は動いていて、扉を開く。


「あれま、プーヤーくん?」

「えぇ、アンタか? 久しぶりだな、何やってんのこんなトコで。ところで、聖女様は?」


「もちろん、わたし。超☆聖女にして、救国の武神姫アイシャとは、このアイシャちゃんですよ。」



 この少年は、かつてサッちゃん救出作戦の後に出会って船に乗せてもらったり、シーリンちゃんのお店支部の従業員になって再会したりした、彼だ。なんだか、もう懐かしい顔だね。

 そうか、シーリンちゃんとこの店員さんだから、彼女のお使いで訪ねてきてくれたのかな。


 そういえば、身なりもちゃんと整えて田舎少年から少年執事みたいな風貌にレベルアップしてる。前髪もアップにして固めて、若干ニヒルな雰囲気も生まれつつある。いいよ、好印象。

 どことなーく、グリゴリィさんに似たものを感じとれる。

 似てないよ!まるで似てないけれど! そうじゃなくて、何かが。


 ニヤけるのを押し隠しながら反応を待つ。


「なにか、証拠はあるか?」

「証拠? …これでどうかな?」


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