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206 神力


 日没過ぎの残照が辺りを頼りなく照らすなか、焚火の炎が揺れている。昼間のうだる暑さはなりを潜め、池の水面を吹き抜ける風の冷たさが心地よい。

 ただ、ヤクタの見込みが甘かったせいで4人の夕食はウサギ一羽の肉しか無いので、一行の間に流れる空気は悪い。


「なァー、アイシャよぅ。武神パワーで肉が出てきたり、しねェの?」

「肉が?どういうこと?」

「地面に水まいたらさ、豚肉がニョキニョキと。」

「気持ちわるっ!」


 同行のジュニア、ロスタムからもぶぅぶぅと不評を買っている。しかし、アイシャにはひとつ、それで思いつくものがあった。


「ちょっと、お花を摘みに」とこの場を少し離れ、手近でいちばん立派な木に手を添える。

アンズ(アプリコット)の実がほしいなぁー。」



 この森の何処かで初めて武神に遭遇した際、食べ物と水気のために武神が果物を用意してくれた。それを思い出し、祝福の真似ができたのならこれもできるだろうと目星をつけて、やってみたのだ。

 が、(いら)えはない。夏の夕暮れの虫の声ばかりが響く。ひとり赤面する聖女。自分でも半信半疑だったので、皆に見られるところでは試さなかったのだ。


 だが、この沈黙はかえって反骨心に火をつけた。そうだ、おっかなびっくりじゃできるものもできやしない。ちゃんと見て、感じて、普通にできるものとしてやらなくちゃ。


「杉の木さん、ふくふくとしたまぁるいアンズの実を鈴なりに実らせなさい!」

 言ってみた瞬間、頭の中に、問いかけと思しき漠然としたノイズが流れ込んできた。それに知る限りのアンズの実の詳細を思い浮かべて返す。すると、たちまちにそれが実った。


「ヒャハッ、キャハハッ☆ じゃあ、じゃあ、メロン! あと、バナナも! キャッハー!」


 森の奥でひとりで嬌声(きょうせい)をあげる少女に、何事が起きたかと駆けつけた仲間たちが見たものは杉の木から不自然に生えた果物に埋もれ、自身の服からオレンジを、髪からブドウを、胸元からナツメヤシを生やし、地面に転がって恍惚と身悶えする姿だった。


――――――――――――――――――――――


「爺やもおあがりなよ。おいしいよ。甘いものはダメ?」

「いや、畏れ多いというか…それは、いったいどういう……」


 ヤクタはナツメヤシをかじりながら「甘くて旨いけど、なんか漠然とした味だな?」と首をひねっている。ジュニアはバナナにかぶりついて「砂糖クッキーの味がする。なぁアイシャちゃん、この果物ってホントにこんな味なの?」などとトボケたことを聞く。

 わたしは贅沢にまるごとメロンを抱えて匙で掘り返しながら「ちょっと杉の香りがするね。でも甘いからいいじゃん。バナナも一口ちょうだい。…あー、これは記憶が混ざって変な味になってるわ。毒じゃないと思うけれど、別の普通のやつから食べて?」


 爺やには、お腹を減らさせたたままではこちらが困るのでブドウを「あーん」してあげようとしたら、軸まで残さず食べてくれた。さすがだ。



 お腹もくちくなったので、今夜はもう寝るだけだ。男2人は果物メインでは物足りなさそうにしている。でもジュニアは役に立ってないのだから文句は聞かないよ。


「あれだな、アイシャの人間離れはとどまるところを知らねェな。」


 ヤクタが、まだダラダラとナツメヤシをかじりながら冷やかす。言ってることは失礼だけれど図星でもある。

 なんでも、それの枝はわたしの体から生えていたらしい。跡がポチッと赤く胸元についている。治らなかったらどうしよう。わたしは朦朧としていて現場の記憶がない。


「でもその実、気持ち悪くない?」

「ん。なんか、オマエの香りがする。」

「やめてよ、気持ち悪い。」



 自分の体から果実が生えてくるって、言ってみれば出産だよね。その種、適当に地面に()いたら何が生えてくるんだろう。うまくやれば果物農家にもなれるかと思ったけれど、やっぱりやめよう。

 怖くなってきたから、気づかないふりをして八つ当たり方向に話題を変える。


「ジュニアは、ヤクタと一緒に革命家を調べに行ってくれたけれど、実家がお偉いジュニア様には革命家は敵でしょ?」


「いや、俺だって「ババア死ね」って毎日思ってるし。革命家でも上の方は結構、身分高いヤツが多いんだぜ。

 ……まぁ、俺は働かないがヨ。」


「働けよ。働こうよ。働かないと、夜中オークがやって来て奴隷にされちゃうんだよ。あ、オークはわたしがやっつけた。じゃあ、働かなくてもいいか。いいよね。

 やったー!」


「イェー!」


「馬鹿め。アイシャはともかく、ジュニアは実家で革命起こさないと、このままじゃ飢え死にだろうが。ヒモになれるなんて思うなよ。」


 ヤクタが横からツッコむ。紐? あぁ、そんな伝説も聞いたことがあるよ。現実の話なの?すごい。

「じゃあ、ジュニアはナスリーンちゃんの紐になったらいいじゃん。」


「ナスリーン? 勘弁してよ。それにさ、サディク殿下のこと宰相殿に密告してたのってアイツだぜ。」



 あらら、サッちゃんと王都の通信の話って、彼にしたっけ。してないよね。


「そんな不思議そうな顔すんなよ、本人が言ってたんだよ。俺に言ったら全員に伝わるってわかってるだろうに。まったく、偉そうなわりに肝の小さいヤツだ。」


 うーん、ラブの気配はするけれど、いまいちわからない。どうも彼の場合は、わかってて拒んでる感じはする。贅沢なことだ。

 女騎士ナッちゃんが宰相さんのスパイだったっていうのはちょっとびっくりだ。

 でも、彼女も一生懸命戦ってたし、サッちゃんの方も密告されてたこと自体にはあまり怒ってなかった。彼女の実家も偉いところらしいし、貴族の身内の面倒な話は色々あるんだろう。


「そもそも貴族は働かないんだ。珍しいアイシャちゃんの周りには珍しい働き者貴族が多かったってだけさ。」


 チャラチャラの男がまた適当なことをいう。

 叔父さんは別問題として、革命はやっぱり必要なのでは?


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