203 式典
「聖下には、娘・ラナの就位式に御臨席いただきまして、当人と列席者に祝福をお与えくださいませんものかと……」
シアマーク卿が渋い紳士マスクに卑屈な笑みを浮かべて、あつかましいお願いを持ってきた。
そんな予定があるならはじめから言ってよね、って、そういえば最初に言いかけていたかもしれない。
この辺では王都ほど聖女が知られてないから、わたしが聖女パワーを見せてようやく尊敬され出したのかもしれないね。
そのわたしたちは晩餐会後、奥さんの治療をした夜からお城に留まって、まだ続けている。
予定外のお泊りになったので、服はママさんの普段着を借りた。見事にブカブカだけれど、なかなか良い布、良い仕立て。悪い気はしない。
ロスタム爺は「世界中のいろんな宗教で、開祖は長者の娘の病を奇跡の力で癒やしたことで名声をつくったものです。今回は城主の妻ですが、姫様も牛神様の聖女に留まらず、独立されてはいかがですか。」なんて冗談とも本気ともつかないことを言い出した。
牛神様じゃなかったら、武神様?武神教? それはさすがに、イヤかなぁ。
問題は、祝福をする、という、以前できていて今できなくなっていることを要求されたことで。ちょっと相談して、なにか代わりを考えよう。
武神様に頭を下げてお願いするのは、ちょっと違う気がする。喧嘩別れしているわけじゃないと思うけれども、ここは自分でなんとかしたい。どうしよう、相談だ。
*
治療に必要だと言っていた3日が過ぎた。
特に何事も起きない日々。城のお部屋に引きこもって、ママさんの食事時間に介護兼治療を行い、ラナちゃんの空いた時間に遊んであげる以外は日がなぼんやりしている日々。
今までが忙しすぎたんだ、まだまだ、いくらのんびりしてもしすぎるということはない。
着替えは、ヤクタに聖女服と一緒に取りに帰ってもらった。それはそれとして、回復してきたママさんにも気に入られてなにくれと服をもらったりもしたので、わたしも結構な衣装持ちになりつつある。
これくらいは役得として貰っちゃってもいいだろう。まさか、ラナちゃんがお城をくれると言ったからって本当に彼女を家無しにしてしまうわけにもいかない。
パパさんからも、感謝の念はそれとして、疑念がこもった視線も注がれているし、長居はしにくくなってきた。式に出席して去るくらいがちょうどいいだろう。
そして、女騎士ラナちゃん・弱冠8歳の就位式が始まる。
主賓は、シアマーク騎士家の直の主君になるイルビース伯爵。サッちゃんの大伯父であるという老貴族。それに、領都の大神殿の神官長さん、伯爵の弟さんであるらしい。
ふたりとも70代で、普通なら式典にはその息子さん(50代)か、お孫さん(30代)が派遣されるらしい。今回はわたしの顔を見に来られたのだとか。
「サディクをよろしく」以外は当たり障りのない挨拶しか交わさなかったけれど、サッちゃんがお爺さんになっちゃったのが2人みたいな、不思議な雰囲気だった。
そうか、わたしが気分沈みがちだったのは、サッちゃんに会いたかったんだ。そしてまた大げさに褒められたい。あれにはきっと依存性がある。いま彼はどこで何をしてるだろう。
さっさとミラード叔父さんを止める任務を果たして、追いかけよう。王宮に行けば会えるのかな。そういえば、そう言っていた。そうしよう。
――――――――――――――――――――――
アイシャの思いをよそに、ラッパと太鼓の音が響いて式典が始まる。
その内容はまったく散文的なもので、エンターテイメント性はない。偉い人の挨拶、進物のやり取り、衛兵の隊長や役人の偉い人が何をやってるのかわからないが儀礼的な何かをやっている。
聖女はあっさりと船を漕ぎ始める。それを従者として隣に侍っている爺やが袖を引いてなんとか意識を引き止める。
儀式の当人である騎士ラナ・8歳は頑張って起きている。いや、緊張で固まりすぎて、ほぼ気絶しているのか。
列席者の大半の興味は、この女児が立派に式典をこなせるのかに集まり、ハラハラと気遣うなり、田舎くさい茶番に反感を持つなり、いずれにせよ良い空気感ではない。
そんななか、「これより、聖女様よりの祝福を授かります」と司会者が告げ、満場がざわめく。
耳の早い者は、聖女の十字架が光を放つ噂を聞いている。先日の晩餐に呼ばれた者は、アイシャ目線なのでひどくぼんやりした、光が頭上にある記憶を見せられてもいる。
期待の視線に包まれて、頭がシャッキリしていないアイシャが立ち上がろうとしてヒールによろめく一幕もあったが、城の小姓の案内で式場の中央に静々と進む。
同じく、ラナもカチコチにつっぱらかりながら中央に現れ、向かい合う。
そんなに緊張しなくても大丈夫だよと語りかけたい聖女スマイルは、意に反して今にもあくびをしそうな顔に見えてラナが心配するほどで、「お姉様、大丈夫ですか?」なんて小声で確かめられる。
お子様の緊張が軽くなったのはいいが、逆に心配されるようでは姉として名折れだ。気を引き締めて聖女は背筋を伸ばす。横から、これも特別ゲストの大将軍令息・ジュニアが聖なる王笏を手渡すので、重々しい様子で受け取る。(これは神殿から借りてきたもので、本来、神殿の神官がこの儀式に使うためのものだ。小娘に出番を奪われた神官たちからは心穏やかでない様子も見て取れたが、アイシャには感心が薄い話だった。)
「古くも清新なる騎士の襲位に、祝福を授けます」
済んだ声が鈴の音のように響く。同時に、聖女が振り立てた王笏から虹色ならぬ、翡翠色の光の糸が放たれる。
事前に練習と打ち合わせを済ませた流れだ。
「あの光は、武神のとっつぁんの力で光ってたわけかぁ。じゃあさ、アイシャ、半神?8分の1神?になったって言ってたろ。自分の力で光らせられンじゃね?」
ヤクタの、投げやりっぽいながら妙な確信を込めたアイデアはそのまま採用され、数回の練習の後、実現に至った。
光の色は、虹色をイメージしても今のアイシャではこの青緑色になってしまう。キレイだが地味めで、せっかくなら金色かピンクがいい!と駄々をこねてみるも、武神様に相談するのも気が引けて、我慢した。
光の糸は、粒だと決闘前の武神プロデュースのものほど派手にできず、しょぼたいので少しでも見栄え良く、と工夫の結果。
ちなみに、聖なる王笏である必要はない。練習では庭に咲いていたハイビスカスの一枝を振り回して同じように光を放っていた。が、これで王笏の値打ちも上がっただろう、わたしにもお小遣いくれないかな。と俗なことを考えたりもしている。
光の糸は二重三重にラナを包み、勢い余ったものは騎士の両親や貴賓席の伯爵、神官長にも届いて、やがて溶けて光の粒になり、消えていく。
天から響く、コロコロと笑うような声を確かに聞いた。と、この奇跡に居合わせた人々は後々まで語ることになった。
この期に及んで、タイトルとあらすじを微調整しています。ちょっとシンプル方面にしてみました。
なにかご意見でもいただければ幸いです。ちょっと長めのラストスパート、よろしくます。