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202 回復の聖女 2


 晩餐の広間を出て、別棟の城主家族の生活スペースへ向かう。

 といっても、そんなにたくさんの施設がある城じゃない。公的な行事を行い、物見の塔も備えた本邸、生活のための屋敷、ほか使用人の棟や厩などを外壁で囲んだ、王都のシーリンちゃん宅より少し広いけれどオーラでは負けているくらいの建物だ。


 広間にはジュニアが残って、他のゲストさんの相手をしてくれるという。不安なのでロスタム爺にも残ってもらうことにした。

 ヤクタは当たり前のようにこちらについてきてくれる。姫騎士ラナちゃんは本気で怯えているし、パパさん・シアマーク卿も「それで、彼女は何者だ」と訝しげな表情。

 そういえば自己紹介もしていなかった。ヤクタ、言ってあげて。


「ん?ああ、そうさな。何を隠そう、アタシこそは……」


 あ、そうだ、この女、特にここでは知られちゃいけない前歴だったんだ。待って、何を言うつもり?


「アイシャ十字軍の上級幹部、雷獣のヤクタとはアタシのことさ。アイシャの姉貴分でもある。

 ということは、アイシャの妹分はアタシの妹分でもあらァな。挨拶が遅れたが、アタシのことは(ネェ)と呼んでくれていいぜ。ヨロシクな、騎士ラナ。」


 あ、そっちの自己紹介ね。気に入ってるんだ、そのアダ名。

 妹ちゃんは騎士と呼ばれて、口元だけはかろうじて笑うかたちを保ちながらも音がしそうなほど震えて、不敵な笑みを口元に浮かべつつ探るようなこわい目つきのお姉ちゃんと握手を交わす。涙目で、よく頑張った。偉い。

 みんなで仲良くしようね。



 病室に入る。今更ながらに足がすくんで体が震えるのを、小さい女の子と大きい女の人の前で必死にこらえて、深呼吸をしてから見栄で歩を進める。


 考えなしに大見栄きったはいいけれど、噂に聞く痘瘡(テンネントウ)とか肺病(ケッカク)とか、ハシカ、ペストにコレラ、ヤバい系の病気だったらどうしよう。そうだ、いざとなったらヤクタを通して武神様に泣きつこう。

 やっぱりお姉ちゃんがいると、頼りになるわぁ。


 ママさんの病室はさらに暗く、奇妙な神像や怪しい祭具、謎の祭壇、特産の布で作った謎のオブジェなどがあふれかえるように積み重ねられていて、既に万策尽きている様子がありありとわかる。

 娘ちゃんの嗚咽をこらえる音が静まり返った室内に響く。

 パパさんが沈痛な声で語る。


「妻は、3年前から日々の動作の不調を訴えはじめ、徐々に立つことも、物を持つこともできなくなり、遂には言葉を発することさえ…。このところ、表情を浮かべることすら叶わず……

 国中の医師をあたり、北の国に薬があると聞けば取り寄せ、東の国に療法があると聞けば人を走らせても何の甲斐もないまま、最後の瞬間を待つばかり……」


 町の財政では今以上にしてやれることもなく、もはや望みを持つことに疲れ果てました。そう言ってパパさんはうつむき、娘さんは泣く。


 愛だね。でも、そのために北や東のオーク族に町を売ったり、町民から防衛費の税金を集めて形だけ適当な城門をつくって余ったお金をこっちに注ぎ込んだんだ。それも愛なのかな。

 それに関して言ってやれることは無い。娘ちゃんもためらいなく町をわたしに売ったわけだし(買ってないけれど)、子は親のやることをよく見てるもんだ。

 いずれにせよ、わたしが裁く問題じゃない。どれ、ママさんを診てあげよう。



 ママさんはひどく痩せ細って、表情は虚ろだけれども気持ちはしっかりしていて、こちらの話は聞こえていたようだ。

 おっかなびっくりで手を触って、伝染る病気じゃなさそうだと気の力でわかると、しっかり握って挨拶する。気の流れで応えがあった。


「ラナちゃん、ママとお話させてあげよう。こっちおいで。」


 3人で手を繋いで輪になって、気を通す。まだ幼い娘さんとつながったママさんの意識は期待以上にしっかり覚醒して、この調子なら治すこともできそうだ。

 ほら、ママさん、こうしたら、喋れない?



「ラ………ナ……ラナ……」

「お母様!!」


 感動の対面シーンだ。わたしも、この場面に関われて嬉しいよ。きれいな涙だ、好きなだけ泣くといい。

 パパさんも目と口を大きく開いて、膝を震わせながらベッドに駆けつけ、妻と娘と、その手を握っているわたしも巻き込んで抱き寄せ、男泣きにむせび泣く。

 それはいいけれど、妹のママさんはわたしにとっても、って言ったけれど、妹のパパさんは知らないおじさんだ。接触は勘弁してほしい。

 とはいえ、いま手を離すとママさんの病状が戻るので、いましばし、我慢して待ちましょうか。あとで接触代金はもらうから、覚えてろよ。



「お見苦しいところを、お見せいたしました。」


 しばらくの後、パパさん、もといシアマーク卿が威儀を正してお辞儀してくれる。でも、まだ治療中だし、さっきまで妙なポーズで抱えられていたので、体が固まって真面目な姿勢がとれない。

 上等のドレスのまま大きなベッドの隅にべにゃっと転がったままで、恰好がつかないことこの上なし。

 経験的に、こういうときはこちらから発言して詰めていったほうがいい。さらに言葉を重ねられる前に、言うべきことを切り出そう。


「ちゃんと治すには3日かかります、その間の、お風呂と寝床と食事の用意をお願いします。あ、食事は普通でいいですよ。もとは税金ですしね。」



 治療に時間がかかるのは本当のことだ。ヤクタにブチューっとやって手早く済ませたことはあったけれど、あのヤクタでさえ弱った体には荒療治だった。

 ちょうど、ヤクタによればしばらく待ちのターンだそうだ。せっかくだからのんびりさせてもらおう。


 回復術は便利だけれども、わたしが便利に使うものであって、回復術にわたしが便利に使われちゃいけない。武神流も、聖女の肩書きだってそうだね。

 そうでなくても、求められるままに応じていれば、そのうち自分にもヤバい系の病気が伝染りそうだ。

 慎重に、そして大胆に休む。しばらくはこれをテーマにしよう。








昨年秋に春の季節で始めた話が、作中の季節の真夏に現実が追いついて、また追い抜こうとしております。

だからというわけでもないですが、夏休み中、8月末まではまた毎日更新で行きます。たぶん大丈夫。

よろしくお願いします。


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