200 城主一家
かつて「ヤーンスの町の長になって一緒にのんびり暮らす」将来像を語りあったことがあった。ヤクタはそれを詰まらないと一蹴したけれど、わたしには今でもキラキラした思いつきだ。
この夢の実現のために邪魔になるのは、もちろん現町長である城主様。
立場としては領主イルビース伯爵の被官? …家来になるけれど、世襲で代々この町を治めておられるんだそうだ。それも、大過なく。
もし、わたしがサッちゃんの権力でムリヤリ城主様を追放してその後に収まったら、さすがに顰蹙だろう。でも、ここで不正を見つけて弾劾して城主に成り代わるなら、逆に町の英雄だ。これは、敵情視察でもある。
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そもそも現状のわたしは、サッちゃんことサディク第三王子殿下から極秘任務の依頼を受けて、その現場である領都イルビースに向かう途中、故郷のヤーンスでひと休みしているところだ。
その極秘任務とは。かつてサッちゃんは、敵国の侵略を受けて国の意見が降伏論に流れるなか、止むに止まれず死を覚悟して、半ば暴走の体で軍隊を組織して、わたしも協力して、敵の侵略者をいったん追い返しました。わたしも頑張りました。
で、そんなだから国にとっては功労者でありつつ第一級の危険人物になっちゃって、申し開きをしに単身で王都に出向いている。
それに際して、サッちゃんの大伯父であり支持者でもあるイルビース伯爵と関係を持つ、革命家ケイヴァーンこと本名ミラード、実は私の叔父さんの革命騒ぎを止めてくれないか。そう、サッちゃんにお願いされているのだ。
幸い、まだ革命家さんには時期が至らず、普通の人々からは胡散臭い不審者と思われてる。でも、もし英雄になったサッちゃんが国に処罰されることになったら、それを口実にして革命家は普通の人々も煽り立てて、反乱を起こすかもしれない。
見たところ普通の人々のなかのサッちゃん支持者は血の気が多くて、実際そうなりかねない気配はあった。それはマズい。というわけ。
問題は、叔父さんとわたしには妙な因縁があって、できるならわたしは関わり合いになりたくないこと。でも、わたしの恋人(キャ♡)のサッちゃんに頼まれては仕方がない。でもでも、なるべく後回しにしたいので故郷のヤーンスの町に立ち寄ってのんびりしていたところ、その町の統治者である騎士シアマーク卿さんから、噂の聖女様をおもてなししたいと呼び出されたわけだ。
込み入った話だ。
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それで、貰いもののドレスを着込んで、お迎えの馬車に揺られてお城に向かっている。ヤクタ、ジュニア、爺やも一緒だ。
夕刻を知らせる鐘が鳴っている。鄙びた町の、背の低い建物が立ち並ぶなか、一段高くそびえ立つ城館が西日を受けて黄金色に輝いている。
この町で暮らしていた頃、今くらいの時間に、町の西の丘の大きなクスノキの上からあのお城を眺めるのが大好きだった。
近所の子供が手近な枝にハシゴをかけっぱなしにしてるのを登って、白い町並みとお城が一面の金色に輝く風景を独り占めにしている気持ち。
やがて黄金が茜色に変わっていき、空が鮮やかなトルコ石の色から青を濃くしていくのを眺めながら、くすねてきたお父ちゃんのワインを舐めるように口にしていると、輝きが滲んで広がって、たくさんの色彩に包まれて、天国とは、乳と蜜の川が流れる楽園とはこんな景色だろうか。そんな陶然とした感覚に溺れていたものだ。
「ンなコトやってるから背が伸びなかったんだよ。」
うそ。そんなこと誰からも教えてもらってない!
「そりゃあ、誰もオマエみたいなのがンーな悪いことやってるって思わなかったんだろ。アホだな。」
言っている間にも、馬車は表門をくぐっていく。
子供の頃は、この世の“壮麗”という言葉そのものだと思って憧れていたこの城が、その後いろんなものを見てきた今の目には小さく煤けて見えてしまってちょっとツラい。オトナになるって哀しいことだね。
さらに進み、城館の正面玄関で馬車は止まって町長である城主さま一家のお出迎えだ。いやぁ、偉くなるって素晴らしい。
お出迎えは、前に中年紳士と小さい娘さんの2人。どちらも白金色の見事な髪の美形親子だ。母さんはいないのかな? 聞けないよね。あと、後ろに偉いめの役人さんや衛兵さん、神官さんも並んでいる。でも、華やかではない事務的質素な雰囲気。
親子はにこやかにしているけれど、後ろのほうは若干のしらけムード。地元民の貧乏世帯の小娘が賓客だなんて言われても。みたいな気が漂ってる。いちばん偉い人から見たら大差なくても、中途半端に偉い人には気になるところらしい。
まず口を開いたのは意外にも、娘さん。10歳にもなってないくらいの、将来は美人さんになるだろうおチビちゃんだ。
「この度は、貴重なお休みの、お時間を割いて我が家にお越し、いただき、光栄に存じ、ます! 聖下は我がヤーンスの誇り、新たな希望と存…じ…ますれば、是非にもお、もてな?しをさせていただきたく、お招きを申し上げ、ました!」
ちゃんと言えたね、偉い、偉い。いや、実際えらいと思うよ。言い終えて、ムフーと満足げに満面の笑みを浮かべてるのも可愛らしい。
そのパパさんが隣から一歩前に出る。
「ようこそのお越しを、聖アイシャ様。実は先日、わがシアマーク騎士家は代替わりを致しまして、現在はこの娘、ラナが城主となっておりまして。
後ほど、この娘にも祝福をお授け頂けましたら……おっと、立ち話でご無礼を。さあお上がりください、饗応の準備ができております!」
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初めて入ったこの城の中は、暗く、飾り気のない砂岩のザラザラした壁を松明の灯りがゆらゆらと照らして、予想外に無骨だ。
そんな様子の通路を先導して歩くパパさんの足は早く、娘の城主ちゃんはチョコチョコと小走りで一生懸命にその跡を追う。
わたしも結構な早足で、ハイヒールの足元が時々ヒヤッとする。誰かパパさんになにか言ってあげないといけないと思うけれど、なにか気にかかることがあって他人に気が回っていないようだ。
自分より小さな者には親切に、と心がけているわたしは小さな新米女騎士の手をとって転ばないように見ててあげる。
手を握られて一瞬、びっくりした顔の城主ラナちゃん。パッと輝くような笑顔を見せて、
「あの、えっと、お姉様ってお呼びしていいですか!」
大きな薄水色の目をまっすぐにこちらに向けて、頬を赤らめて聞いてくる。
いちおう、パパさんに目を向けると驚きつつもうなずいている。あれで、こっちの話を聞いていたのか。他の人達は無反応。反対ではないのかな。なんだか冷たい。
このタイムラグでずいぶん不安にさせてしまったようで、ラナちゃんは泣きそうになって震えている。ゴメン、ゴメン、断ったりしないから。
「じゃあ、よろしくね、ラナちゃん。って呼んでもいいかしら?」
「もちろん! わたくしこそよろしくお願い致しますワ、アイシャ姉様!」