194 錦を飾る
十字軍のサプライズ解散式はスムーズに終わった。サプライズ的ではあったけれども、招集された時点で要件は明らかだったのはみんなの表情を見ても明らかだった。
ゲンコツちゃんは、ハーさんから「帰れ」とはっきり言われたけれど帰る気はなさそうだ。さすがのハーさんも、女を殴って言うことをきかせる気はなさそうなので、収まるところに収まるだろう。
で、ロスタム爺や。どうも彼は、わたしがヤクタにベタベタついて回って、ヤクタも何くれと世話を焼くので「自分の仕事は終わった」みたいに思っていたらしい。寂しいことを言ってくれるじゃあないか。
ずっと爺やだよ、なんなら一筆書くよと軽口を叩いたら本当に一筆要求されたのには困ったけれど、「家宝にします」って喜んでくれたからオッケー。爺や、今後ともよろしく。
アーラマンちゃんら六人衆は、地の果てまでもついていくと言ってきかない。でも、ハーさんが忙しくなったら捕虜のイライーダを止められる人間が他にいなくなる。換えがない、絶対に必要な仕事だから、と強引に言い聞かせた。
オミード氏は妻のために帰るとそっけない態度。いちおう、ハーさんと相談してねとは言い置いた。あと、もらったつもりだけれど名分上は借りていた愛馬草ちゃんは、正式にもらえることになった。ありがとう。サウレ神は引っ込んだけれど、あなたに牛神様の祝福がありますように。
後は、あいさつ回り。ナッちゃんは、泣いて抱き合って別れを惜しんでくれた。彼女はひとまず分家の従兄妹ナムヴァル将軍のサポートをしながらサルーマン宰相の指示を待つらしい。将軍たち“勝手に出撃組”と違って、後からの公的な援軍だから悪いことにはならないだろう。
医者の小生先生には、わたしは平謝りしないといけない。中途半端な協力をして医療現場を引っ掻き回しただけになっちゃったからだ。でも、「致命傷を受けた、患者とも呼べない犠牲者の命を救ってくれたことには感謝する他ない」と彼からも頭を下げてもらえて、いえいえこちらこそ、と頭を下げ合う別れになった。
さて、ジュニア。それから、グリゴリィさんとマリアム姫。
捕虜さんたちは決戦の間、避難という名の隔離をされていた。いちおう、その名目上の管理責任者がジュニア。身分は高いからね。
決戦の行方次第では、少々非人道的な扱いになっても彼らには旅をしてもらうことになっていたけれど、決戦には勝てたから引き続きこの場で待機。運命は新しく赴任する宰相さんの判断次第になる。
なお、新しい捕虜であるマリアムの姉は、暴れるので別の場所で監禁中。まだ会えていないらしい。
そんなこんなだが、そのジュニアはついて来たいという。
「あの宰相、会いたくねンだよ。うちのババァからはアイシャちゃんについてけって命令だったし? ここで俺にやることがあるわけでねェし。」
堂々とした無能宣言。そこにひっそりと、
「ジュニア殿。行って、しまうのか。私を残して……」
「すまないマリー。西の草原へ連れて行ってやれない俺を許してくれ。体は離れても、心は同じ空の下、いつまでもつながっているさ…。」
なんと、しばらく一緒にいたシーリンちゃん情報によると、この2人、デキちゃってるらしい。今見ただけでそれは確かなことだとわかる。けれど、なぜそうなったのかがわからない。頭がクラクラする。
その上、付き合いたての恋人を捨てて、仕事もないのにこっちに来ようって? 理解に苦しむ。
「いや、元々アイシャちゃんがけしかけたんだろうが。で、やっちゃった。この上は石頭宰相が来る前に逃げないとマズい。キミのせいなんだから匿ってくれ。」
最低だ。でも、私の考えなしの命令も最低だったのか。もういいや、好きにして。
そして、グリゴリィさん。ここにはいないけれど、会えば未練がつのるだろうか。
実を結ばなかった素敵な思い出、なんていったら私もひどく自分勝手な感じだ。でも、中途半端に気持ちを残すのも、それこそキープ扱いみたいで良くないだろう。
ここから、お別れの挨拶を気で送って、これでおしまい。きっと、そうなるはず。
さあ、ヤーンスの町に帰ろう!
*
いろいろやっていたら、日はすでに傾き始めている。
だからといって、無駄に賑々しく挨拶してきたので「やっぱり出発は明日にします」とは言いづらい。たぶん今から真っ直ぐ進めれば、前回来るときに利用した野営地まで行けるだろう。
旅のメンバーは私とヤクタ、ロスタム爺やとジュニアの4人。餞別にもらった戦車を馬車がわりに、もらったドレス類とその他荷物を積んで草ちゃんに引いてもらう。
シーリンちゃんとメガネくんは後から、領都へ直行だ。でも、わたしは町でしばらくのんびりするつもりだから、またしても彼女のほうが先に現地入りするかもね。
前回のヤーンスと戦場への道は、往路を武神流歩法で1日半、帰路は普通の徒歩と船でやはり1日半だった。今回はみんな馬なので、やはりそんな旅程だろう。
わたしは戦車の荷物の上に腰掛け、御者はロスタム爺。ヤクタはどこから連れてきたのか、ちゃっかり自分用の馬を確保している。ジュニアは自分の馬がある。忘れがちだが、彼はお坊ちゃんだ。
これなら明日の夜には到着できるけれど、こっそり入ってもつまらないから明後日の朝に町に入れるよう調整しながら進むことにした。
こうして考えると、本当に町の目と鼻の先で戦争をしていたことがわかってゾッとする。
今となっては家族の思い出の土地だ。守れてよかった。こればかりは、武神様に感謝。町の人は、わたしにも感謝して欲しい。
などと思いつつ、野営地で一泊、残っていたスパイ小屋の扉の鍵を**してもう一泊。何しろ自分で歩いてないから迷子になる隙も与えられず、スムーズに町に到着した。
*
宿泊地のスパイ小屋を暗いうちから、ぐずるジュニアを蹴飛ばしながら出発し、仕事前の朝市で賑わうヤーンスの町に馬を乗り入れる。
用意していた小綺麗なカジュアルドレスに、例の日傘をさして奇妙な馬車に揺られている様はまさにお姫様。道行き人々の、はじめ驚き、次いで見惚れる視線が集まる。
これ、これ。これを期待してたんですよ。貧乏糸屋のお姫様なんて陰口を叩いていたみんな、ざまをみろだ!