192 政争
「サッちゃーん、いま、どうかしら?」
昨日の決闘と決戦で、サッちゃん軍の騎士さんからも好意的ながら化物扱いを受けるようになった。聖女の称号に加えてそれだから、多少の自由な振る舞いもニコニコ顔で通してもらえる。
なんなら、暴君として君臨してかなりの無茶をすることも許されるだろう。その気はないけれども!
でも、ある程度のわがままは堂々と通させてもらう。遠慮ばかりしていたら、きっとサッちゃんは仕事し過ぎで死ぬ。
そんなわけで、彼の執務室がわりのこざっぱりした部屋に突撃。
また、仕事してる。死ぬよ、ホントに。
それに、空気が悪い。
「アイシャか。頭巾にメガネ姿でも間違えようもないな。よく似合っていて綺麗だ。また、いいタイミングで来てくれた、助かる。」
パッと、死んだような表情から救われたような、すがるような表情に切り替えて書類に向いていた顔が上がる。
いったい何があったの。さっきの領主さんの問題?
「いや、あの者共は余の一存で急いで処断する理由もないからな、捕縛して捕虜と一緒に王都へ引き渡す。問題は、その王都だ。」
*
なんと、もう王都から知らせが届いたのだという。どうやら、あの王女様の侍女カミラ先生とのやり取りに使っていた通信用の魔法道具の、もっと大掛かりですごいやつがあるらしい。
それは王様と宰相と神祇庁長官しか知らない秘密道具で、サッちゃんも存在を知らなかったのだとか。
「そんな奥の手が他にも隠されていて、オーク軍などいつでも、どうとでもできるものだったとしたら俺はとんだ道化だ!」
そんな、“もし” “だとしたら” の話で自嘲的に怒ってもしょうがないよ。で、何を言われたのさ。
「あぁ、ある意味、アイシャが最終兵器だったわけでもあるしな。おかげで敵将を捕らえた功績は半ば王都の政治家組のものになりそうだ。
いや、アイシャを悪く言ってるわけではないぞ。俺だって、いや、余とて功績が欲しくて出陣したのではないからな。
…王都からは、余を一人で王都に召還…帰ってこいと。軍の指揮はハーフェイズに任せろと言ってきている。天剣は兄の直下の武官だからな、後に残る公式記録では、この戦ははじめからアスラン兄のものだったことになる。」
まあ。そんなことってあるの? でも、今朝、あんな騒ぎで「聖王サディク陛下!」って盛り上がってたじゃない。みんな、サッちゃんにありがとーって言ってるよ?
「ありがとうアイシャ、慰められるよ。アレも、ヤバいことはわかってたんだ。筒抜けだったようだな。奴らに、俺をいつでも反乱未遂の罪で死刑にできるカードを与えてしまったわけだ。サウレ神に“喜劇の王子”と呼ばれたのは当然だ。つくづく、俺の脇の甘さに反吐が出る。」
落ち着いて。余と俺がブレてるよ。サッちゃんの血は青くなくても脇?が甘いのはステキだよ。それに、サッちゃんが死刑されそうになってもわたしが何度でも助けてあげるよ。森の奥でどんぐり拾って暮らすのも2人なら楽しいかもしれないし!
「心強いな。でも、アイシャには別に頼みたいことがある。アイシャにしか頼めないことだ。この頼みを受けてくれないか。」
「なに? なんだろう。わたしにできることなら、なんでも言って!」
「俺、あぁ、余の派閥で、余を神輿にして革命を目論むバカどもがいる。イルビースから周辺の街を引き込んで結構な勢力になっているようだ。」
尻から背骨を伝って不快感がブルリと駆け上がってくる。絶対うなずいちゃいけない! 警戒のシンバルが耳元で鳴り響くけれども、残念ながらすでになんでも言って、といってしまって、
「中心人物のケイヴァーンという男を、」
「いやーっ!」
*
「どうしたんだ、急にひきつけを起こすほど嫌だったのか。ケイヴァ…は叔父なのだろう? それ以上のことは聞けていなかったが、天の配剤かと期待したものだったが。他に向いていそうなものもおらぬし…。」
気がつけばソファで寝かされ、その下の床に王子様が膝をついて心配そうに顔を覗き込んでくれている。
息苦しくないように首もとを緩める…必要がないドレスなのは良かったけれど、それにしても胸元が大きく開いているのでおっぱいがコンニチワしていなかったか、いまさら気になる。もししていたら、体が残らないように永眠したい。
それはそうと、叔父の話だ。前フリからして充分に警戒しないといけなかったはずなのに、イヤすぎて心構えを頭が拒んでいた。
どれくらいイヤかを例えれば、着ているドレスの胸元内側にゴキブリが入っていたくらいにイヤだ。勘弁してほしい。
ケイヴァーンことミラード叔父。お父ちゃんの弟で、イルビースの町で雑貨屋を営むのは人目を忍ぶ仮の姿、日没後の路地裏では泣く子も黙る革命家の頭目。各方面からの暗殺の魔の手をひらひらかわすヤリ手の男。そして妻を夜な夜なぶん殴る暴力男、予定。
「叔父さんの革命をやめさせろと、わたしに言うの?」
「戦や決闘より嫌だったか? …実際のところ、余もだ。あの手の有象無象でも集めなければ余の政治での発言力に繋がらんが、集めると悪さをしでかす。
余の部下を差し向けてもヒラヒラ身をかわして、正体がつかめぬ。
問題がなければ放っておいて構わないが、今の状況だと、ああいうのが文字通りの命取りになる。
…戦でなら殺されてもいいとは思っていたが、こういうゴチャゴチャで殺されたくない。アイシャ、もし余を死なせたくないと思ってくれるなら、やつを足止めしてくれはしないか。
あ、そうだ、いつだったか罰が必要だと言っていただろう、これをその代わりとするのは…いや、褒美もまだ渡せていないのにそれはないな、すまん、忘れてくれ。そうだなぁ……」
マジっすか、と思う間もなく依頼は取り下げられたけれども、たしかにそんな事は言ったし、普通に考えれば頼みを聞くこともやぶさかでない。
戦争の一件が片付いて気持ちが落ち着いたら、あの叔父さんに挨拶に行く必要はあるかなぁ、と思っていたことも本当のところなのだ。まだ何も片付いていなくて、気持ちが落ち着いてもいないことが計算外なだけで。
知らない人に言われて、事態に流されて行くわけじゃない。サッちゃんのお願いと、わたしの都合が合わさるから、これはわたしが行きたくて行くんだ。
仕方ない、やってあげましょうとも。