191 他人の婚活 3
カーレンちゃんと淡い恋心を積み上げているらしい男性、冒険者にして料理人ユーバフさん32歳と向かい合っている。
彼は昨日、瀕死の重傷を負っていて、わたしが助けてあげたのだけれども、昨日の今日で軍隊の行進について来れる体力は素晴らしい。でも、メガネを失って目に障害がある人である今、さすがに寝かしつけられていたようだ。
わたしが挨拶すると、起き上がって適当な挨拶を返しながら、目を細めてしばしばと瞬きしている。そこにカーレンちゃんから救いの手。
「メガネくん、聖女アイちゃんさまが様子を見に来てくれたのよぉ。…そうだ、彼がそんな酷いことになってて、私、またしてもアイちゃんに助けられたって知らなくて。本当に、どうお礼したらいいのか……」
2人して、血相を変えてものすごい丁寧なお辞儀をしてくれるけれど、問題はそこじゃない。
「シーリンちゃん、あなた、まだ“メガネくん”呼びしてるの?」
驚きのあまりシーリンの名で呼んじゃった。そういえばそう呼んだことがないながらも、ゲンコツちゃんが“神の子(奇跡の子)シーリン”であって、カーレン家のシーリンちゃんのシーリンのイメージを軽くするために最近ずっとカーレンちゃんと呼んでいたのだ。思えば、遠回りで面倒でややこしいことだった。もう、いいよね。
言っちゃったら、そのシーリンちゃんは顔を真赤にしてうつむくし、メガネくんことユーバフさんはお辞儀のままでそっぽを向くけれど耳が赤い。
淡いよ。淡すぎるよ。シーリンちゃん、本当に初恋なのね。そしてノンメガネくんも同類か。これは、さっさとノンメガネくんをメガネくんに格上げして、叶うにせよ萎むにせよ、2人の恋をスピードアップせねば。
結論からいうと、ちょっとクラクラするけれどまずまず使える、というものが1つあったので、それを使ってもらえた。無駄にならなくて一安心。また深々とお礼されるのは先まわって制止する。
残りの寄付されたメガネは、レンズを抜いてわたしとシーリンちゃん、ヤクタでメガネファッションショーを楽しんだ。
メガネはひと財産なものなので庶民は予備を持つなんて考えられないなか、寄付してくれた皆様ありがとう。大事に使わせてもらいました。
ショーを通じて二人の仲もわずかに接近したようで、何より。
ユーバフさんがシーリンちゃんに釣り合うかって? もう少し接近させてみないとわからないんじゃないかな。
でも、眼鏡越しに2人で見つめあってるの、いいな。その周辺だけ別の空間になってる。いいもん、わたしには、サッちゃんがいるもん。サッちゃんが。……いいえ、別に何も不満なんてありませんとも。
「そういえば、例のグリゴリィきゅんとやらは今、どうしてるんだ?」
ヤクタ、急にどうしたの?
「彼はぁ、戦争中は私と一緒に戦場平原まで下がっててぇ、もし負けちゃったらアイちゃんと合流して、もっと西部の町まで逃げる手はずにしてたんだけど。勝てたから、王都の指示が下るまでそのままだと思うわ。それが?」
「イヤ、なんでもねェ。」
ひょっとして、まだわたしに彼への未練があると警戒されてるのかな。実際、なかったことになんてできるわけないんだから、頑張って諦めてるんだから蒸し返すような意地悪言わないで。
いやまさか、ヤクタも彼を好きになったとか? いやいや、それはない。考えただけで笑っちゃう。…でももし、彼の方からヤクタを好きになったら?
品の良い彼のことだ、ヤクタみたいな女は初めて見ただろう。彼女は自分では認めないけれど、人としての華がある。理由もなく、この人と一緒にいたいと思わせるものだ。
ヤクタの方もそれで案外ノリ気になって、彼からわたしを遠ざけるためにサッちゃんを猛プッシュしていたのだとすれば……
「アイちゃんストップ。何だか知らないけど殺気が出てるわ。」
「なんだオマエ、またいつものワカラン考え過ぎでも出たか。
何のおかしなことを考えたかしらねェが、そんなことはないから安心しろ。」
あら、なにか漏れてた? どうも、考えながら喋ってるときと、ただ考えてるときが曖昧になってるときがあるみたい。これは、しっかり確認しよう。
「ヤクタ、あなた、グ…リゴリィさんが、好きじゃないよね?」
「ンなわけねェだろ。アタシが考えてたのは、サディクっちがあんまりチョロかったから、ここらで一旦距離を取る作戦はどうかってことだ。」
「アイちゃぁん、このおっちゃんが何を言っても、聞かなきゃいけないことないのよ。アイちゃんが好きなようにしたらいいの。」
「そ、そうよね。最近、何やってもサッちゃんに褒めてもらわないと一段落しない気分。前回はグルグルしてもらったから、今度は頭ナデナデしてもらわないと。」
「アイちゃん、それは彼氏じゃなくて、お父さんよ。それに限らず、世のスーパーダーリン願望はスーパーお父さん願望っぽいところがあるから、気をつけなさいよ。」
スーパーお父さんとは、肩たたき券や手料理くらいのテイクで喜んで人生ごとギブしてくれる都合がいいイケメンを指す言葉らしい。イケメンでなければ確かに心当たりがある。が、そんなことはどうでもいい。
「おォおォ、下方恋できるお嬢様はいうことが違うねェ。アイシャ、イヤなことがあったらイヤとはっきり言ってけよ。」
不思議に、最近ヤクタがサッちゃん関連で感じ悪いことばかり言う。何かで怒らせただろうか? 十字軍を決めてからバタバタしてたからな、戦争も一段落したから、しばらく一緒にのんびりしようか。
それはそれとして、今から自分の婚活にも関わる? サッちゃんに会いに行くよ。彼も、いちばん肝心なルックスの好み以外はスーパー以上に都合がいい男の子だ。
好き嫌いでいえば大好きだし、何を迷うこともないけれど、恋って。ふぅ。