186 バタン・キュー
この前後の出来事は、短い間にいろんなことがいろんな所で起きたから、証言者それぞれが自分の感じたことを言って、それがバラバラで、結局、本当はどうだったのかが後からはわからなくなっちゃった。だから、これはわたしが感じたこと。
戦場を突っ走ってきた騎兵集団。その真ん中には、馬が引いてきた破城槌という名前の丸太の杭。
目標の手前で銃の斉射を受けたけれど、運良く通り抜けて衝突コースに乗る。
もしこれが不発になったら、今の良いムードが台無しになることはわたしでもわかる。上手く手助けをして、ナッちゃんやハーさんのお手柄をサポートしたい。
そういうわたしも進歩がないわけじゃない。モルモル流、ワープ術。あれだけ見たら理屈は見当がつく。でも、今は私自身がワープしたいわけじゃない。
衝突コースに乗った破城槌に、捻りの方向のチカラをワープさせる。理屈は知らないけれど、ものを投げ当てるときにはねじ込む力を乗せると強く正確になる。これも武神流の投擲術だ。
[ハーさん、みんな、派手に行くから気をつけて!]
戦車の壁面に取り付いている仲間たちに気でもって叫ぶ。
馬たちが、槌を放って左右に分かれる。槌は真っ直ぐ、ド級戦車のドテッ腹に向けて突っ込む。そこに、追加でチカラをワープさせて、加算。空気が燃えて、火花が渦を巻きながら白熱して輝く塊が飛んでいく。
ド級戦車が、ねじれる。赤く燃えながら、鉄の装甲が裂ける。何かよくわからないものが飛び散る。十字軍の何人かがそれを浴びて、叫びながら地面へ転がり落ちる。
ハーさんが叫んで、割れた装甲をさらに無理矢理に引きちぎる。
装甲の中の銃手があわてて逃げる。その彼に、よくわからない鉄や材木の赤く燃えたものが降り注いで、予備の火薬にも降り注ぐ。
爆発。もう何度も嗅ぎ慣れた、あの匂いがこちらまで吹き寄せて、鉄の破片が猛烈な勢いで飛んでくる。
「危ねェ、アイシャ!」
咄嗟にヤクタがわたしに覆いかぶさってくる。その背中に何かが当たったり刺さったりする感触が体越しに感じられて、わたしが泣きそう。
「大丈夫だからッ!」って言うけれど。
新たな地獄図の中に、オミード氏、アーラマンちゃんらが地獄の獄卒のような雄叫びを上げて飛び込んでいく。そして、つんざき上がる悪魔の怪鳥のような人とも思えぬ大声。
まず、オミード氏は首を変な角度に曲げて吹き飛び落ちる。
闇から現れたのは、イライーダ大将軍その人。その手に持ち、振り回しているのは例のお化け銃、大砲。さらにアーラマンちゃんをぶん殴り、ひるんだところに構え直し、ぶっ放す。
アーラマンは反射的に剥がれた戦車の装甲の鉄板を体の前に掲げたけれど、特製の銃弾はそれすらぶち抜いて、鮮血を吹き散らしながらあの巨漢の勇士も転がり落ちる。
イライーダは煙を吹く大砲を後ろに投げ捨て、部下の大男3人で担いできた新たな大砲を構える。あの細身で、いったいどうなっているんだろう。
そして今、戦車の上には天剣を構えるハーフェイズと、大砲を構えるイライーダの、新たなる一騎打ち。
敵味方、その他の兵士は慄きながら、手出しもできずに勝負の行方を見守る。
わたしも、落ちた2人の安否はとても気になるけれど、最悪の場合のスタンバイをしつつも目を離せないでいる。
名乗り合っているのだろうか。馬蹄と車輪の音、戦場の喧騒で内容はわからないが叫ぶような声が聞こえて。
ハーさんの姿が不意に消えた。いや、上だ。そして、狙いは上に向けて構え直される銃口。鉄の大砲を、大業物のその剣は易易と斬り裂いた。が、構わずに撃つイライーダ。
轟音と閃光。その銃弾は普通の銃のものと違い、多数の細かい鉛玉をまとめて発射するもの、のちに聞く、散弾。それらは全てあらぬ方向に飛び散るけれど、さしものハーフェズも一瞬たじろぐ。
そこに、さらに大砲を投げ捨て、ひらめかせる短剣。
ハーフェイズの脇腹を切り裂くべく振るわれた凶刃は、その肘で受け止められる。“天剣”はほとばしる血さえも目潰しにして、女将軍への加減も容赦もあらばこそ、密接した状態からその足を踏み潰し、その顔面に頭突きを一発。
さらに喉をひっつかみ、高々と持ち上げて地面へ投げ捨て、もはや一瞥もくれず、そのまま戦車の制圧にかかる。
こちらのほうがヤバい狂戦士じゃないか。
あ、イライーダ大将軍を死なせちゃいけないんだっけか。あわてて、ヤクタに頼んで落とされたあの女の回収に向かう。
幸い、ヤバい狂戦士のわずかな理性で比較的大丈夫なところに投げ込まれてたイライーダは、戦う力はなくしても、命は留めていた。アシュブちゃんが追い打ちで踏みつけてしまったけれど、ヤクタが器用に拘束して、虜にすることに成功。大勝利だ。
[オークの総司令官、イライーダを“天剣”ハーフェイズが倒して、虜囚にしました! サディク殿下の大勝利です! ファルーサ国に、牛神様に栄光あれ! 我々の勝ちです! モンホールスの兵士さんは降参しましょう、そちらの負け!悪者の負け!]
気力を振り絞って、なるべく遠くまで聞こえるように叫びます。あぁ、疲れた。わたしは寝てないんだ。
そうだ、オミード氏とアーラマンちゃんは大丈夫かしら。殺したら死ぬような紳士じゃないと思うけれど、大ケガなら回復してあげないといけないかもしれない。ハーさんもケガしてたよね。まったく、男は無茶ばかりする。
ロスタム爺やたちも、守るつもりで捨ててきちゃった。どうしてるだろう。「心配には及びませぬ」とか言うんだろうけれど、言えるのも生きていればこそだ。
ハーさんがド級戦車だった鉄くずの山の上で雄叫びを上げている。ゲンコツちゃんが駆け寄って、寄り添って、絵になる風景だね。
動揺の気配がすごい勢いで沸き起こる。この平原で、どこからでも見えるランドマークだ。その最上部に、団員たちが応急で作った十字架が打ち立てられる。
オーク族の皆さんにも見えているだろう。やぁーい。じゃ、ないや。逃げてってくれたらいいな。
うーん、本当に疲れた。ヤクタ、ちょっと寝るから、重傷の人を集めてから起こして。偉い人の仕事って全然終わらないんだね、大変だわ。
わたしは、これからどうしようかな……