185 急之舞
300人の敵。多いのか少ないのかわからなかった十字軍のマックス100人の3倍。まあ、たくさんだ。
とはいっても、オーク軍10万人の局所的な一団の300人。これくらいはなんとか出来ないと、聖女だの使徒だの武神姫だとかも言ってられない気もする。
別に、怖いとかはない。経験上、無理なくやれそうな雰囲気。やってる間に、ハーさんたちも仕事を済ませてくれるだろうから、心配は特にない。
得物の旗竿、“職人の逆襲”をギュッと握り、構える。
途端に、全身に悪寒が走り、脂汗が吹き出る。膝から力が抜ける。手に、決闘で必死にあの子の頭を叩いたイヤな感触がよみがえる。
なんだコレ、やばい。
「アイちゃんは、守りたいものが無いから。」と、カーレンちゃんに言われたことがある。
そのときは、なんとも人の情を持たない化け物扱いしてくれるものじゃないかと思ったものだ。でも、今ここにいる十字軍の40人ほどは、わたしが頑張らないとあっという間に皆殺しにされると思うと、さすがに話が変わってくる。
メレイさんのときにサッちゃんを助ける件で、その他の囚われの味方数十人もいたけれど、なにも考えずに「助けるのは無理」って言ったことがある。思えば、気楽なものだった。
いま、わたしの周りにロスタム爺、キルスをはじめ、名前もしっかり覚えられていない団員たちがいる。手が震える。棒が重い。
「オマエ、また何かひとりで悩んでンのか! 案外暗いよな。オラ、奴さんたちが来るぞ。アシュブも暴れたりねェってさ!
いい加減、開き直りやがれ。誰も悪くなんか言わねェよ!」
そりゃあ、ヤクタはひとりだって半分だって大丈夫でしょうよ。それよりアシュブちゃん、暴れたりないって本当?おとなしすぎて軍馬になれなかった、っていうあなたが? なんだか裏切られた気分。
あぁ、ウソよ、ウソ。そんな悲しそうな横顔をしないでアシュブちゃん。ホント賢いお馬さんだこと。こうなったら、ヤクタの言う通り暴れさせてあげないといけないかもしれない。
震えも悪寒も全部は収まってないけれど、最低限動けるくらいにはなってる。じゃあ、ヤクタ、御者のほう、お願い!
*
わたしが守りたい団員さんたちにも、思うことや憧れのヒロイズムとかがあって、あるいはハーさんやサッちゃんとかみたいに戦場で散りたいみたいな気持ちがあったりするのかもしれない。
でもダメだよ。わたしにはわたしの気持ちがあって、こちらを優先させてもらうからね。力で。
ヤクタがご機嫌で「ヤイサホー!」と掛け声をかげ、お馬さんが走り出す。砂煙を巻いて戦車の車輪が軽快に回る。ヒヅメの音が響く。得物の棒がうなりをあげる。
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やる気に満ち溢れていた団員たちを置き去りに、戦場の破壊者が動き出す。
アイシャの戦い方は今まで通り、ハーフェイズが評したように“玄人好み”、悪くいえば、地味。
少年じみた男のロマンを充足させる派手な技、パフォーマンスといった外連味をいまいち解さない少女は、流れ作業をするような表情で淡々と戦う。
チャリオットが軽やかに走る。止めようと走り来る兵たちは、何が起きたのかわからない顔で水平に吹き飛んでいく。
皆が皆、胸の中心を突かれ、後方の仲間を巻き込んで数メートルのフライトを強制されたのち、もんどりうって倒れる。
武神流をもってすれば突き殺すことも、四肢を撒き散らしてそれを榴弾としてさらなる被害を生むことすら可能だが、そういった地獄絵図は望むところではない。
しかし、その副産物として気絶も出来ずにうめき転がる兵士が山と積まれる、また別の地獄絵図が現出された。どちらの地獄がヤバいかは人それぞれの感じ方でもあるが、戦士の心を折るにはどちらにせよ、不自由しない光景だ。
「ねぇ、ヤクタ! あれ見て、アレ!」
寄せくる敵の波が一瞬途絶えた隙に、虫を追い払うような仕草で銃弾を棒で払いながらアイシャが、例の“ド級戦車”を指差す。
「あれ、銃のお化け? すごいねぇ!」
「お、おぉ!? スゲェ、一発撃つのに金貨何枚いるんだろうな!」
かの戦車は3層構造になっていて、前面、側面には無数の銃眼が開いている。今しがたの銃弾もそこから狙撃されたものであろう。
それだけでなく、正面上層には銃のお化け――大砲が3門、据えられている。その威力はもとより、外見での威圧感だけでも敵兵の腰を抜けさせるに余りある貫禄を示している。
ハーフェイズはじめ攻撃組は戦車外壁に取り付いたはいいが、ほぼ垂直にそそり立つ鉄の装甲を抜けず、入口も階段もない状況で攻めあぐねているようだ。
あれは、どうしたものだろう? アイシャも考えてみるが答えが出ないでいる、その時! 斜め前方から騎馬の一団が迫ってきた。
敵の新手か? スッ、と棒を構え直したアイシャの表情がサッと晴れる。
「ナッちゃん! 前からここまで来たの、すごいすごい! それで、どう!?」
「聖女殿、ご無事で何より! 我等、これより助力、馳走つかまつる!」
アイシャの友達(?)、女騎士ナスリーンの援軍だ。それも、2列目以降の騎馬武者が何やら恐ろしげな武装を用意している。
「破城槌だ!」
先端を尖らせた丸太、それも鉄片を巻いて補強した恐ろしげなものを8頭の馬と鎖で左右から吊るしたものが横から突っ込んでいく。
アレがぶち当たったならば、いかなド級戦車も無事ではすまないだろう。
ちょうど、あちらの銃はアイシャに向けて放たれた直後だ、第二射にはまだすこし時間がかかる。神がかったような良いタイミングだ。
「すごいすごい、やっちゃえー! ハーさん、みんな、気をつけなさい! ヤクタ、アレに寄って!」
バトルロマンを解さない聖女も、ここぞと必死ながらニコニコな会心の笑みで応援する。ついでに、インパクトの瞬間に横から手を加えて効果を重ねようと考えている。
敵戦車の銃の準備が整った。側面、斜め前方から迫る破城槌、それを運ぶ騎馬に向けて斉射! 轟音が鳴り響く。
静かな場ならこの音で混乱を生めただろうが、既に戦場を駆け抜けて興奮状態にある馬は止まらない。また、揺れる戦車の中から疾走する馬に正確に当てられるものでもない。
数発が馬鎧をかすめ、一発が先頭の馬の胴体に命中したが、アイシャの[あと20歩だけ我慢して、ゴメンだけど!]という、気を通して種族を超えたメッセージが通じ、なんとか勢いを維持してもらえる。
そして、火薬とはまた異なる轟音が響く。天地がひっくり返るほどの衝撃、振動。