182 窮鼠猫を噛む
決闘は、わたしたちが勝った。カッコいい鮮やかな勝利とは言えない感じだったので武神さまはへそを曲げて消えてしまったけれど、これはしょうがない。
そして、間髪を入れず「茶番だ、こんなの知ったことか」なんて勢いで、怒りの敵将軍率いるオーク軍との決戦が始まってしまった。
戦争をすることに関しては、彼ら、戦争をしに来たのだから当然といえば当然だ。でも、サディク王子様ことサッちゃんは、数ですごく負けているにも関わらず、政治的なアレコレで手足を縛られたような制約付きで戦わなきゃいけない。
だから、もう彼は死んで政治的な何やらを狙うつもりで突撃してるんだって。ひどい。
その制約ができた原因はわたしにもあった。だのに、べ太郎はわたしがこれ以上目立ちすぎると政治的によくない。だから黙って見ていろと、いつものことをいう。困る。
考えてみれば、わたしが初恋しちゃったグリゴリィさんは、戦争で襲ってきた人だ。そして、告白してくれて、わたしも好きになりつつあるサッちゃんは戦争で死のうとしている。
人も形も違うけれど、ちょっと最初の予言と似ている部分がある。
ミラードさんには散々に殴られて、次に結婚したジュードさんは戦死しちゃうという、アレだ。
気にし過ぎだろうけれども、このままサッちゃんに死なれたらと思うと、ネズミ婆が心の陰で手ぐすねを引いているのを感じる。
あの頃は気づかなかったけれど、いまなら世をすねた厭世的な婆さんの気持ちもちょっとわかる。確かにわたしは森に隠れ住んでどんぐりを拾って生きる婆になっちゃうかもしれないところがあって、その運命が準備運動を済ませた。
まだ早い。いや、一生、そうなるつもりはない。サッちゃんでも、そうでなくてもいいけれどステキな旦那さまと連れ添って生涯幸せなステキライフを過ごすのだ。
アイシャ、行きます!
*
武器は、さっき風に吹かれて消えた。
代わりになるものを探して辺りを見回すと、旗が転がっている。決闘の入場のときに女官さんたちが振っていたやつだ。目が眩みそうなほど上等な布に、きらびやかな細工を施されたポール。彼女たちが退場するときに、土にまみれて捨てていかれたようだ。
それなりに名のある職人さんが手間をかけて織った名品だろうに、こんな粗末な扱いを受けるなんて。…ちょっと義憤に駆られたけれども、旗布はいらない。ごめんなさい。
そうやって手にした、長め、細めの棍棒。きれいな女官さんが振り回していたものだから当然わたしも持てるはず。と、思っていました。意外に重い。女官さんって体力勝負の肉体労働なのかな。
まあ、重いけれど持てないほどじゃない。戦車の上から振り回すにはちょうどいい長さだ。持ち手は持ちやすく加工されて、細工物もキレイで気分が上がる。この子の名前は“職人の逆襲”にしよう。
渋るべ太郎を後にして、ヤクタが「よしきた、判断が遅ェよ」と一声上げて草ちゃんに合図を送る。
「超☆聖女さまご出陣!」
誰かが、朗々と声を張り上げるなか、初速から快調に戦車は走り出す。
戦場は混沌としているが、いくつかの強い気の塊を中心に、島のように点々と人の流れの重要な箇所が浮かび上がって見える。
まずは、いちばん手近なところから、ご挨拶。
「サッちゃん! 来ちゃった !!」
「アイシャか。そうか、来ちゃったか。ベフランが何か言ってなかったか!?」
「彼は、役に立たないね!」
「…覚えておこう!」
「そうするといいよ!」
サッちゃん近衛部隊の前の方はオーク兵と戦いながら前進している。彼本人は、引きつった悲壮な顔で自分も突撃するタイミングを図っているみたいだった。
「聖女さま権限で、サッちゃんが死ぬのは許可できません! 狂戦士くんもあんなだったし。死んだらだめだよ!」
「しかし! な、だからといって……」
話してるうちに彼の表情の険がとれて、死の気配が遠のく。やっぱり、来て良かった。
「大丈夫! わたしは、みんなを応援するだけだから! 近衛のみんなも応援するよ!」
オォウ!と周りの兵士さんも気勢を上げる。サッちゃんも苦笑いだ。
「みんな、もうひと踏ん張り、頑張って! みんなでお家に帰って、家族に自慢しちゃおう!
進めー、サッちゃん殿下の禁欲の解禁のために!」
「おいコラ!! ナニ言ってるんだアイシャ、バカ!」
兵士さんたち一瞬ギョッとしたみたいだけれど、ヤクタが馬鹿笑いしたのでみんなつられて笑い出す。
明るい気が膨らむ。敵さんは逆に、やる気が削がれていく。これはいい、とてもいい。
「じゃあ、わたし前に行くね! ハーさんがお手柄盗っちゃったらゴメン!」
「待て、アイシャ! お前ら、追いかけろ!」
歓声を後ろに、戦車はさらなる渦中に突っ込んでいく。ヤクタの戦車さばきが冴える。わたしも、テンションを上げて叫ぶ。
「ヤイサホー!」
「あ!?なんだって?」
「海の男達の掛け声だよ、ヤクタ。宜候!」
「ヤイサホー!!」「ヤイサホー!」
目的地は前方、大きな気が2つ、その周りがぽっかり開けて人の輪ができている不思議なエリア。
手出ししてくるオーク兵を棒で突っつきながら人波をかき分け、問題の地点を視界に収める。
あらま、アーラマンちゃんだ。捨てゴマ部隊100人で突撃したらしいけれど、彼は元気そうで良かった。それともう1人、さらにでっかいオーク兵。身の丈200センチじゃきかない、250くらいじゃないかという巨漢だ。その、一騎打ちやるの?
自意識過剰かもしれないけれど、なんだか、ちょっと嫌だなぁ。