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180 急急如律令《なる早でトゥーッす》


 決闘は、どう見ても決着がついている。

 が、立会人ならぬ立会神のサウレ神、エルヤ神、どちらとも憮然としてため息をつきつつ、無言の直立を続けている。


 最後の最後、一人の戦士の息の根が止まるまで何があるかわからないんだ。

 まだ、勝負はひっくり返るかもしれない。


 一つ気合を入れなおし、ゲンコツちゃんは倒れたマフディのもとに駆け寄る。

 周囲は、変わらず静まり返ったままだ。


「カムラーン兵術の秘剣、つかまつります!」

 一声叫んで、昨日練習した剣を振り下ろす。それは、少年の鎧を易易と切り裂いて、しかし、その胸筋に弾かれる。


「あれ?…えい!、えい!…」


 まるで、悪夢のようだ。満座の注目を浴びながら、これでは出来の悪い道化だ……

 気がつけば、狂戦士の虚ろな目がこちらに向いている。全身が総毛立つ。


「落ち着いて。できるはずだよ。」


 いつの間にか、アイシャが後ろに来て肩に手を当てて、ささやく。「途中まで、一緒にやろう。」

 ゲンコツちゃんの剣を持つ手に手を添えて、2人で念じる。この剣は“わたしたち”の願いを叶える、神の刃。邪な祈りを退け、いまここにお約束のように、力を(あらわ)したまえ。なるべく早く対処して(なるはやで)いただけますと幸甚に存じます(トゥーッす)



 2人で手に持った道場の宝剣の(やいば)は、音もなくスッと通った。声もなく、少年の目がスッと閉じる。


 突然、エルヤ武神の左腕が弾けた。次いで、驚愕に目を(みは)るサウレ神の胸が裂ける。


[ヒイィィ!!!!!!逞帙豁サ縺ャ霎帙諢丞袖縺後o縺九i縺ェ!]


 絶叫を放ちながら塵となって空に溶けていくサウレ神の姿に皆が息を呑み、ざわめきが戻る。そして、


[つまらん! 戦いなどと呼べたものではない決着だ! 最悪だ! アイシャ、これで済んだと思うな!]

 捨てぜりふを残して、エルヤ神もその姿を消した。


 舞台に残ったのは、聖女アイシャと奇跡の子・シーリン。



 狂戦士だったマフディはひとこと言い遺すでもなく、穏やかな顔で呼吸を止めている。

 彼にも言いたいこと、やりたいことはたくさんあっただろう。何を間違えて、何がダメで、こんなことになったんだろう。どうしてこんなことになっちゃった。勝負って、いったい。

 泣きたい気持ちになりながらも、アイシャとゲンコツちゃんは目を見交わして、うなずいて、2人で自陣に手を振る。


「勝ちました!」



「茶番は終わりか! はじめから、知ったことか! 突撃だ、呪われた悪魔の地を平らげろ!」


 オーク軍、イライーダ将軍が叫ぶ。一斉に、角笛が鳴る。大地が震え、地鳴りが轟く。

 十万のオーク軍が動き出した。



 応えて、ラッパの音が荒野に鳴り響く。(とき)の声がワッと上がる。

「あとは、我々の出番だ!」

 サディクの声が、不思議によく聞こえた。


 鬨の声のざわめきは、やがて一つの言葉に収斂(しゅうれん)されていく。


「まかせろ!…お父ちゃんに…まかせろ!」

「お父…ちゃんに…まかせろ! お父…ちゃんに…まかせろ!」


 ザッ…ザッ…ザッ…

 サディク軍・公称3万が歩調を揃え、進みだす。その行軍に合わせて、


「お父…ちゃんに…まかせろ! … お父…ちゃんに…まかせろ!」



 アイシャは、それでわたしはどうしたらいいの? と呆然と座りこみながら、回復術は済ませたがまだ痛む気がする足を擦っている。

 髪を切られておかっぱ頭になってしまって、泣きはらした大きな目を見開いてひたすら戸惑っている様子は本当に子どものようで、戦い前の子守唄がまだ耳に残っている兵士たちの目には“守るべき尊いもの”の象徴に見える。


 ヤクタが、戦いの余波から戦車と馬を守るべく避難させていたところから、ようやくアイシャのもとに駆けつけてきた。

「お疲れ、もっと喜べよ。髪はまた生えるさ。さあ、引き返そうか!」


 なんて他人ごとのようで、今の気持ちをどう説明したものか迷っている間に、

「ハー様は、ハー様はどちらに!」とゲンコツちゃんの問い。


「オヤジと十字軍は、後方第二陣だ。まず横合いからアーラーマンと捨てゴマ隊が突っ込んで、敵陣の乱れに合わせて敵大将を急襲する。

 ゲンコツに言伝(ことづて)だ、「もっとゆるい前哨戦があったら一緒に(くつわ)を並べて戦いたかったが、いきなりの本番だからこうなったら足手まといだ、後ろで見学していろ」だってさ。」 


 そんな……とゲンコツちゃんが絶句している間に、サディクが駆けつけてきた。



「アイシャ、よくやってくれた。おかげで、士気は天を衝く勢いだ。我々も恰好良くキメてくるから見ていてくれ。さらばだ!」


 待って。わたし、カッコよくできなかったし、神様にも怒られたくらいだし。ねぇ、できることがあったら言ってよ。これで用済み?

 聞く間もなく、馬首を巡らせ、王子は走り去ってしまう。


 入れ替わりに現れたのが、べフラン。

「さ、案内しよう。」

 と、要領を得ない申し出をする。


「べ太郎は、いつでも説明が足りないんだよ。なんで、あなたに案内されないといけないの。いったい、どこに?」


 どこまでも腐れ縁だね。憎まれ口をたたいてわずかにいつもの調子を取り戻す。


「なんだ、聞いているだろう。聖女は、残存兵力を糾合して抵抗勢力を率いることが殿下のご遺志、お前の仕事だろ?」


「え、なにそれ。いや、聞いたよ。サッちゃんが戦死したら、って。だから、そうならないようにって、なんとかしようとして、したんだけれど?」


「ならない、ならない。

 こんな、どこまでも真っ平らの地形で3倍以上の兵力差に正面から突っ込むんだ、奇跡でも起きなきゃあ勝てないさ。しかも、乾坤一擲で敵大将の首を取ることさえ、とっちゃいけない選択肢だ。

 武力制圧を断念させるほどの武力と意志を見せつける、そのために全員で散って、敵にも花を持たせつつ、少しでも有利な講和に持ち込む。そんな算段だよ。」



 わからない、意味がわからない、全然わからない。そんなの許せない。

 呆けていたアイシャの目に力が戻る。


 奇跡でも起きなきゃ、っていうなら、起こすよ。起こせばいいんでしょ。

 両陣の中央の舞台に向かって、両軍の兵士が押し寄せてくる。


「ヤクタ、ゲンコツちゃん。戦車をお願い! (アシュブ)ちゃん、向いてないかもだけれど、戦争だよ、がんばろうね!」


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