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179 破


 夢中で手足を振り回して、戦っています。

 いままでのバトルとは勝手が違う。予定の中で一番甘い見通しでは、最初の一撃で倒すはずだったのに。まあ、それは「だったらいいな」くらいの期待だったけれど、思ったより効かなかった。さて、どうしてやろうかな。


 そう、余裕を気取っていたのも最初のうちだけ。剣はまだしも、炎もともかく、雷はわりと必死で逃げなくちゃいけない。

 ここに来て、足元が不安定なのが響いてきた。そう、ハイヒール。


 不安定な足場でも戦えるバランス感覚を培うことは武神流の奥義じゃなく、基本だ。要は、ずっとつま先立ちしていればいいのであって、ちょっと体力を消耗しちゃうけれども、応用で対処できる。ただし、なけなしの体力を消耗しちゃうので、ずっと逃げているわけにはいかない。

 良いところもある。頭が高くなるから遠くまで見える。距離感がつかみやすい。

 では、攻撃に転じる!



 彼の弱点は、ちゃんと見ればよくわかる。剣と体のサイズが合ってないからどうしても重心が悪くて、動作の起こりが一拍遅くて、終わりももう一拍長引いてる。

 でっかい武器を使いたがるのは、彼の見栄だね。わたしのハイヒール靴も、わたしの見栄だ。こういうの、男の子言葉でなにかあったね。そう、ロマン。


 ロマンはわからなくもないけれど、弱点は()かせてもらう。炎をいなしながらタイミングを良く見て、突撃して、鎧がない脇の下に、一撃! これがシーリンちゃんの分!


 …どうやら、当たる直前から当たった瞬間までで、勢いを殺されてる。そのうえで、分厚い筋肉が柔らか固く、衝撃を広げて吸収してる。服や皮膚は弾けたらしく血が吹き出したけれど、期待したようなダメージが見えないし、体がのけぞったくらいですまされた。

 これは、重ね重ね厄介だ。棍棒じゃなくて剣でも同じだと思う。この体に技を通そうとするなら、対処されないよう意識の外から叩かないといけない。あるいは、いちいちに備えられないほどタコ殴りに、


 それはそうとして、ヤバい!



 天剣による反撃をスンデでかわしながら、さらに彼のアゴを撃ち抜く。

 その拍子に、後ろ足が、グネっと!


 マフディくんの必殺の一撃は当たらないけれども、その踏み出した足が地面を割り、後ろ足のヒールのかかとを内側にさらう。その状況を意識しないままこちらも一撃を放ったものだから、くるぶしの骨が決して踏んではいけない腱の部分を床まで踏み抜いてしまった。


 妙に冷静な実況が頭をよぎった次の瞬間、あたまがまっしろに



「ああぁぁー!!」


――――――――――――――――――――――


 炎と雷の坩堝(るつぼ)のなか、ついに決着かと見える見事な一撃が通った、と観衆が喝采を上げようとしたそのとき、絹を裂く悲鳴が轟く。


「あぁっ」と気づかわしげな息を呑む音が色がる。オーク族の陣からさえ、同じように心配げな、怒りの声が聞こえるなか、「アイシャちゃん、交替(タッチ)交替ー(ターッチ)!」とゲンコツちゃんの悲鳴に近い声が響く。



 アイシャが放ったアゴへの攻撃はいくばくかの効果はあったのかわからないが、足の回復を図るほどの猶予はなく、とにかく、這い回って転げ回るように逃げる。

 狂戦士の方でも、半ば意識が飛んでいるかのように狙いが定まっていないが、虚ろな表情のままで本能のまま、目の前で動き回る白いものに向けて、とにかく矢継ぎ早に必殺の一撃を放ち続ける。


交替(タッチ)交替ー(ターッチ)!」と、絶叫のようなゲンコツちゃんの声がアイシャにも聞こえている。が、この地獄絵図の中に彼女を叩き込めるものではない。

 見込みが甘かった、と言われればまさにその通りなので反論のしようもない。ただ、ここはアイシャ自身でなんとかせざるを得ない。

 今にも心を折ろうとする激しい痛みに汗と涙で顔をベチャベチャにしながら、おしゃれドレスを煤と埃で真っ黒に汚しながら、無様に転がって逃げる、逃げる。


 地響き、地割れ、鉄塊がごうごうと唸りを上げて体の側を通り過ぎること12回。

 ついに、雷が聖女を打つ。

「ぎゃんっ!」



 動きが止まったアイシャに、ついに鉄塊が追いついた。

「ひぃん!」

 精いっぱいの反射で首をすくめる。結い上げた、胡桃色の髪が斬られ、空に舞う。


 救いを求めるように、天に伸ばした小さな手が、その髪をつかむ。

 意識は朦朧としたまま、ただ体が動くにまかせて、その手を振り抜く。


 結われた髪の先に据えられた宝冠(ティアラ)。それが、マフディの側頭部に深々と突き刺さった。彼の、意識の外からの一撃。



「ああああぁっ!!」


 技、とそれを呼べるのか。

 無我夢中に、子供が大人にしがみつき(たわむ)れるように、白目をむいて倒れる狂戦士の体にとりついて、今、ここしかないと、両手で“将軍丸”を彼の頭に刺さった宝冠めがけ、深く打ち込む。打ち込む、さらに打ち込む。


 いつの間にか、周囲は静寂に包まれている。

 ゼィゼィと、アイシャの荒い呼吸がいちばん後ろの観衆にまで届いているかのように。


 すこし足をさすってから立ち上がり、くじいた足をかばいながら、ふらふらと舞台の外縁へ歩み寄る。


「ゲンコツちゃん、おまたせ。交替(タッチ)。」

「あ、ああ。うん。お疲れ様ッス。自分の、出番ッスね。」


――――――――――――――――――――――


 カムラーン流の秘剣、神殺しの一つ太刀。これを振るうことが彼女の仕事だ。


 敵は倒れ伏している。

 手足はピクリとも動かないが、胸は上下していて、いま、たしかに生きている。これにとどめを刺すことを買って出ていたのだ。それがこんなことだと、あの時の自分は何もわかっていなかった。

 自分自身に叱咤の声をかける。この剣は、百万の我が国の民を守る剣だ。苦しい部分を人任せと(そし)られても、恰好悪くても、やるんだ。


「カムラン神の、ご照覧あれ!」


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