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17 街の人々


 ヤクタは別れるとき、10日後くらいに、って言ってました。ずいぶん悠長なことだと思ったけどヤクタの都合もあるだろうから、その場ではうなずいた。けれど、もうわたしがそんなに待てない。いま、会いにいきます。


「だから、下街は物騒だから行きなさんなって。通行証は?」


 とりあえず、衛兵の門番さんと交渉中。丸っこい、まろやかな風貌の、人が良さそうなオジサンっぽい若者だ。通行証? ないですね。困ったもんだ。あ、これ使えるかな? ずんばろう丸五世。

 王子様からもらった、王家の紋章入り懐剣を見せると、彼はひとしきり驚いたあと、他の衛兵も呼んで見せびらかして、

「ひょっとして、嬢ちゃん、すごい偉い人のお忍びか何か?」


 この文脈で“嬢ちゃん”は無いだろうよと思いつつ、この馴れ馴れしさなら、押したら行けそうだ。

「実は、隠れて護衛の人も付いてるから心配ないし、通してくださらない?」

 デタラメをふかして押し通りました。なんだかんだ言ってても、こんなので通れるって、のどかですね。



 城門をくぐって、また運河を渡り、1人で下街へ足を踏み入れます。少し緊張。

 途中で、捨てられているゴミっぽい木切れで、ちょうど杖になりそうなものを護身用に拾って、ずんばる丸~番外編~と名付けました。試しに2,3回振ってみて、武神様の声は遠くなったけど、技は変わらず身についていることを確認。これで安心です。


 人探しのためにやって来ましたが、手がかりはもちろんゼロ。まずは、人の多そうなところを歩き回ってヒントを見つけるのが今日の目標。ヤクタの気配は覚えてるから、居れば、意外にすんなり見つかるかもよ。


――――――――――――――――――――――


 人の気配の多い方へ、知らない道を歩くアイシャ。足どりに迷いはない。もしここにヤクタがいれば、「帰り道はわかってるんだろうな」と確認を入れたかもしれないが、便利な知人などいつもいてくれるものではない。

 あらかじめ厄介ごとの発生が確約されていると知る由もない、ごきげんな散歩。歩いてみてようやく気づいたことは、今まで利用していた城門は北城門。メインの大通りは東西方向なので、来たときに知らないうちに、地味な方へ地味な方へとぐねぐね進んでいたらしいのだ。


 正門である東大手門の大通りまでやって来ると、同じ下街のエリアでも商家がどこまでも軒を連ね、にぎやかな喧騒に包まれている。人の波が途切れもせず、小柄なアイシャでは埋もれてしまうほど。

 果敢に人の流れに入り込んで、店頭や露店の品を見てみようとするも、田舎から出てきたお上りさんの常か、足を止められもせず、押され、揉まれ、こづかれて道端にはじき出され、邪魔にならない路地で小さくなっているしかない。これではとても個人の気配などわかろうはずもない。


 杖を抱えて、路地裏で三角座りでベソを浮かべて悄然(しょぼん)としているアイシャに、奥の方から呼びかける声がする。「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん!」

 無論、ここで推奨される行動は“急いで人混みの方へ逃げ込む”それ以外にない。フラフラと呼声の方に誘われるなど考えられない。だが、そもそも彼女は只者ではない。



 数分後、その路地裏には2人の悪漢が、尻を杖で散々に強打されて転がっていた。


「盗賊じゃないかもしれないから、膝を割るのは勘弁してあげました。鼻とか、顎とかも、叩いたら痛いからね。お尻で、感謝しなさい。感謝したなら、わたしにお昼ごはんを奢りなさい。わかった?」

「は…ァい!……はい……!」


 都会のひとり歩きは、アイシャにとって初めての経験であり、手ひどい失敗の経験となった。悪漢に襲われることには、すでに経験が、それも最終的には上手くいった成功体験がある。この状況で、いやらしい感じで迫ってくる2人に、むしろ感謝の気持ちをもって、武神流の奥義を尽くして、念入りに上下にも尻を割ってやった。

 その上で、すでに日は中天高く、お昼時の時間と空腹に気がついたので、情報と昼食を要求する。


「こういうのって、追い剥ぎの逆で、追われ剥ぎ、とか言うのかしら。あなたたち、どう思う?」

「待って母ちゃん…じゃない、待ってくれ、ケツの感覚がなくて立てねぇ…あと10分、いや5分…」


 20分後。

「さすがに、あなたたちの母ちゃんにはなりませんからね……ん、この揚げパンは美味しいです。生野菜もあるなんて贅沢だね。ぜんぶ塩っ辛いけど。」

「ケツひっぱたかれるなんて母ちゃん以来だったからよ…忘れてくれ。」

「塩っぺぇのは働く野郎どもの昼めしだからだよぅ。でも旨ぇだろ。あ、お嬢は座ってくれよ。俺らぁ、ケツが潰れて座れねぇだけだから。」


 バカどもがいきさつを忘れて、広場の片隅の地べたで(うたげ)を開いている。この界隈では、よく見ると若い男が7割、年寄男が2割、老若の女と子供が残りの1割。天秤の片側が地を突きそうなほど偏った配分だ。たとえ仇敵だろうが中身が妖怪かもしれなかろうが、見目の良い女子と食事ができるなら、貧乏を絵に描いたような悪漢でも奮発しようというものかもしれない。


「この瓶は? お酒?」

「ああ、それは、鼻をつまんで息を止めて、ひと瓶一気に煽る奴さ。やってみるかい?」

「やらないよ、そんなの。あ、その前に聞きたいんだけど、この辺で、最近、ヤクタっていう、でっかい女で、全体的に黒っぽい感じで、美人で、凶暴で、でっかい女の人がいると思うんだけど知らないかなぁ。」

「うーん、最近か? 女は出歩けないから、いれば目立つはずだが。そんなにでっかいのか?」

「わたしよりも!」

「そんなの、みんなじゃねぇか。」


 ヤクタ探しは初手から暗礁に乗り上げた。



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