176 登壇 2
さすがに、羽をはやして飛んでくるとは予想していなかった。モルモル魔法の笑かしには違いないのだろうけれども、アレに比べると、こちらで予定していた入場パフォーマンスは地味に思われてしまうかも。
でも、ここまで来たらやり通すしかない。もう、わたしたちのターンだ。武神さまも、アレを見ていたならちょっとテコ入れしてくるかもしれない。
移動手段に用意してもらったのは、戦争仕立ての馬車、戦車。それを、贈られたドレスを一着解体して、フリルとレースと花飾りで飾り立てた。戦車を曳く馬は、容姿ばかりは抜群な愛馬、草ちゃんと、ナッちゃんの愛馬。どちらも普段の数倍のおめかし済みだ。
御者は、女騎士ナスリーン。乗り込む“超☆聖女”と“奇跡の子・シーリン”、あと“エルヤちゃん係”のヤクタも、銃の火縄のスタンバイも怠らず、護衛の顔をしてこっそり入り込む。
多芸なヤクタも戦車の御者なんてしたことがないらしく、行き道でやり方を見て、帰り道はヤクタが御者をするんだって。ナッちゃんは自分の部隊を率いるから、すぐ帰っちゃうらしい。
これはこれで晴れ舞台なのだから、ヤクタも目立てばいいのに。どうも、この女は普段は目立ちたがるのに妙なところで腰が引けるところがある。本人のルックスを思えば、ちょっともったいないよね。
*
戦車の上での戦い方は武神流の記憶に入ってる。多少のことではよろめく心配もない。今日はゲンコツちゃんが両手で支えている十字架に手を添えて、準備完了の合図だ。
「ハィッ!」
ナッちゃんの掛け声とともに馬に拍車がかかって、車輪が回りだす。ガクン、と十字架が揺れたのをきっかけに、今日も光が放たれる。
光の粒があふれ、渦を巻いて立ち昇り、空に広がって空間を満たす。
よく見ると、粒はぞれぞれ木の葉のようだったり、鳥のようだったり、魚のようだったり、様々の姿をしている。それらはゆっくり降ってくる。ひらひらと、あるいはゆらゆらと、舞うようにわたしたちを囲んで、兵士たちの元までも漂っていく。
それとともに、歌が、天から響いてくる。勇ましい、男たちの歌声。
♪ chveni - ghmerti - samotkheshi ! ♪
♪ aighe - ghvtis - dideba ! ♪
古い古い、牛神様の聖句の一説だ。
勇ましいのはわたしの好みじゃない。でも、あんまり可愛らしいのが流れてきたら武神さまを見る目が変わってしまいそうだから、この案はないものねだりだったかな。
戦車は、しずしずと進んでいく。光と歌声に包まれて、荘厳、といえばそうなのかもしれない。
やがて、まわりの、わが軍の兵隊さんも歌を合わせて一緒に歌いだす。
単純なメロディで、短いフレーズの繰り返しだから覚えやすいのは間違いない。それに、わたしもどこかで聞いたことがある曲だ。
牛神様の聖句は、古語すぎて意味もきちんと伝わってないらしい。武神様が知ってるんだから、800年以上前の言葉なんだろう。
800年前、って何があって、何がない時代なのかな。何も知らないや。
ヤーンスの町じゃあ、勉強のしようもなかった。勉強、したいな。いま、無性にしたい。偉い女学者さんになるの。
学者になるには、親が金持ちじゃないといけないと聞いたことがある。お父ちゃんと兄ちゃんは金持ちじゃないけれど、生活費くらいはがんばって援助してくれたと思う。それで、お金持ちで理解がある旦那さんを捕まえられたら、そんな未来もあったんじゃないか。
お父ちゃん、死んじゃったから今はもう潰えた夢だけれども。
ゲンコツちゃんも一緒に歌ってる。ハスキーで野太い、いい声だ。音階はだいぶおかしいけれど、やっぱり女の子の声があるとグッと華やかさが出て、いい。
わたしも歌おう。
歌は嫌いじゃない。お父ちゃんも「商売人は声が命」とかいって、よくいい声で歌ってくれた。
そうだ、思い出した、この歌、あれだ。お父ちゃんも好き勝手に歌ってた。
♪ ねむれ 良い子よ 良い子は ねむれ ♪
♪ 母の胸乳に わらえわが子よ ♪
800年以上残ったら、勇ましい軍楽が子守唄になっちゃうこともあるのね。いいよ。わたしは、それで。
大声を出すのは苦手だから、ちょっとズルして“気”に乗せて歌う。これから戦うんだから許してね。
♪ ねむれ 良い子よ 良い子は ねむれ ♪
♪ お父ちゃん一生懸命働くから ご機嫌でゆっくり眠っておくれ ♪
うちはお母ちゃんがいなかったから、本当に好き勝手で同じ歌詞は二度となかったけれど、内容はお決まりだった。
♪ ねむれ 良い子よ 良い子は ねむれ ♪
♪ たくさんごはんもらってくるから なんでも食べて吐かないでおくれ ♪
♪ ねむれ 良い子よ 良い子は ねむれ ♪
♪ アイシャは病気しないから 父ちゃんホントに助かってる ♪
♪ 悪い男はお父ちゃんが追っ払ってやるから アイシャはいつでも安心だ ♪
♪ 父ちゃんは爺になってもおまえの父ちゃんだから どんなときでも一人じゃないよ ♪
♪ ねむれ 良い子よ 良い子は ねむれ ♪
いつの間にか、兵士さんたちの歌声が止まってる。みんな、むせび泣いてる。倒れ伏して悶えてる人もいる。兵士さんにもパパさんはいただろうし、子守唄も歌っただろう。
これから戦争だというのに、空気を最悪にしちゃったかな。マジでごめん。ゲンコツちゃん、外から見えないようにお尻をグーで叩くのをやめて。ヤクタ、後ろからふくらはぎを蹴らないで。
でも、オーク軍の方もあまり変わらない有り様だ。“気”に乗せたから、意味は伝わってしまったんだろうね。侵略者の皆さん、今どんな気分?
それはそうと、お父ちゃんの歌、世界帝国デビュー。わたしってば孝行娘。
*
思っていた感じと違って静かに、舞台へわたしたちもたどり着いた。
「ご武運を。」
手早くわたしとゲンコツちゃんの髪の乱れを直して、短く激励してくれたナッちゃんがキリッと敬礼して、馬を一頭とり外して陣地へ戻っていく。
ヤクタは「アタシは戦車の留守番。何かあったら割り込むけど、頼むぜホントに」なんて言ってリラックスしてる。そんな姿見たら、わたしの気が緩むよ。
舞台の上のマフディくんが仁王立ちでお出迎え。
猩々緋のローブを脱ぎ捨て、細身の体を包む黒尽くめのスキニーな革鎧の出で立ちだ。
「逃げずによく来たな、アイシャ! 今の歌は何だ、お前らイスカンダル朝の奴らだって侵略者なんだからな!」
うるさいな、それやったのはわたしじゃないよ。
ここからバトル展開中は毎日更新でスピーディーにお送りします。
アイシャとサッちゃんの明日はどっちだ。
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