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175 登壇


 遠くから、聞いたこともないような音がムォーと響いてくる。あれは敵陣からの角笛の音だ、とナスリーンちゃんが言う。

 こちらからも、ラッパの音がプップカプーと鳴り返す。これで、お互い準備完了の合図らしい。何をやってるんだろうと思って見ていたサッちゃんたちの仕事は、こういう相談のやり取りも含んでいたんだね。


 空気が、兵隊さんの緊張を乗せてピリピリ震える。わたしも、プレッシャーを受けてさっき食べたクーフテが胃と喉の間を行ったり来たりしている。やばい。おいしい匂いを何度でも楽しめるとか言ってる場合じゃない。

 1人で目を白黒させているのをなるべく気取られないようにしつつ、みんなと一緒に天幕の外に出る。



 カッ、と、夏の日差しが殴りつける。わっ、と思った瞬間、サッ、と日傘が差し掛けられた。テマリちゃん!? と口を()きそうになったけれど、先程からの髪結いさんだ。いやぁ、わたしも偉くなったものだ。あの娘にもこの晴れ姿、見てほしかったものだよ。


 遠くのオークさんの方では、黒々とした悪い気が(わだかま)っている。

 事情通のベ氏によると、マフディくんは初めこそ英雄的な働きで雑兵を中心に支持を集めたけれども、その後の無謀な突撃で支持者を全員死なせて、現状では何の情報も知らない末端のオークさんからも疫病神扱いらしい。不憫だ。

 

 ちらっとだけ憐れみの視線を向けた目に、また妙なものが映り込んできた。


「煙?…砂塵? なにか壊れたのかしら。」

「雲じゃ、ないッスか?」


――――――――――――――――――――――


 モクモクと、もうもうと、快晴の炎天下、陽炎の向こう、はるか遠くの人々の群れの中から乳白色の(モヤ)が沸き起こっていく。

 それは見る間に空高く立ち上る。人の背丈の5倍、10倍。神話の神獣(バハムート)が天に昇るように。そして、その頂に。


「人だ! あれは、アイツだ!」


 両陣の人々が一斉に指差す。雲の塔の上に、陽の光を受けて輝くものがある。

 狂戦士、サウレ神の使徒、マフディ少年だ。青空に映える鮮やかな猩々緋色(スカーレット)に染めた天鵞絨(ビロード)のローブを白銀で飾り立て、両手を広げて王者のように堂々と立っている。


「うわっ、あれは確かに阿呆だわ。わたしは、アレをやれって言われなくてよかったぁ。」

 アイシャが眩しそうに見上げながら独りごちる。


「ジブンは、ああいうの嫌いじゃないッス。」

 本気か、この娘。と疑いの目を向けているうちに、ゲンコツちゃんが「アレ?」と首をひねる。


 いつの間にか、舞台――夜明けには花だった、今は黒い円盤のステージを囲んで十数人の、こちらも色とりどりにきらびやかな女官たちが控えている。

 それで、これからどうなるのか。この場に居合わせた誰もの意識が寄せられるのを見て、狂戦士が朗々と声を上げる。


「我こそはシャンサーブの末裔、マフディ・ゴール・シャンサーバニー! 我を見よ! これなるは、正統なファールサの主である!」



「うっそだぁー。」

 アイシャは一笑に付す。

 シャンサーブは、近年オーク族に征服され滅びた近隣の小国で、現在のサディクたちの国・イスカンダル朝ファールサの先代王朝の末裔であり、この国の本来の後継者だと名乗っていた。


「嘘だよ。勝手に、適当に名乗って、あわよくば問題を大きくしようとしてるんだろう。お前らの好きそうなやり口だな! あいつは遺臣の子孫かもしれんが、今やただの土民だ。」


 急に出てきて憎まれ口の解説を叩くのはベフラン。アイシャは、もはや相手にしないでフフンと鼻を鳴らす。



 おぉっ。と、驚きの声が広がる。一部では信じる人もいたのかな。目を向けると、雲の塔が燃えはじめていた。そして、爆発。

ドーン!


 地を揺るがす音圧が体にのしかかる。一体、何事? 砂埃が混じる強風のなかに、畏れを含んだ声が聞こえる。


「飛んだ…」「翼が…」「あれは、天使…」



 雲の塔は、最初から無かったかのように姿を消している。その上空に、浮かんでいる。背から大きな翼を生やし、太陽を背に、光を放って空に浮かぶ少年の姿。


 舞台の周囲の女官が地に膝をつきながら、猩々緋色の旗を振る。そのただ中に悠々と飛来して、女たちには目もくれず仁王立ちするマフディ。腕を組んで、一喝。


「ファールサの走狗よ、鼠賊(そぞく)なりの勇気があるのなら、出てきてその証を見せろ!」



 鼠賊。わたしを、ネズミさんと呼んだか。これは、お仕置きポイント1点追加だよ。悪い子だねぇ、フフフ。


「待たせたな、準備できたぜ。」

 ヤクタが、ぽんと肩を叩く。


「頑張ってね、こっちのことは任せて!」

 カーレンが笑いかける。


「十字軍はお任せくだされ。シーちゃんを、どうかよろしく。」

 ハーフェイズも、苦笑ながらの激励。


「姫聖女さま、彼奴らに制裁を!」

 ロスタム爺や、ジュニアたちからも一言。


「アイシャ、勝利の宴で再び会おう!」

 サディクが慌ただしく抱きしめ、やがて身を離す。


「私が言うことでもないが、」

 グリゴリィがはにかみながら、

「あんなのに負ける貴女ではない、と思っている。」



「みんな、ありがと! 行ってきます!」


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