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174 緊張のドキドキ


 明星(イブリース)がどれだけ強く輝くとしても、太陽の光の前ではひとたまりもない。その熱、大地を染める赤々とした色も、人の心にかけがえのない安らぎをもたらす。


 明星(イブリース)が空の青の中に溶けていく。同時に、花は瑞々(みずみず)しさを失い、清新だった香りは爛熟(らんじゅく)した、酒のような酩酊を誘う香気を含み、やがて()えた腐臭さえ交え、黒々と枯れていく。

 残ったものは、薄黒く硬質な円盤。誰が見てもわかる、これこそ今日行われる決闘の闘技場として用意されたステージだろう。



 あぁ、全然寝れてないのに、朝になっちゃった。聖女の体から力が抜けて、王子の胸にもたれかかる。


「すこしだけでも、休め。寝ていていい。辛いなら、ずっと寝ていていい、ハーフェイズがなんとでもしてくれるだろう。」


 アイシャの髪をなでて、毛布にくるんで寝かしつけようとしてくれるサディクだが、もう、そこで悩んでいるわけではないアイシャとしては期待する優しい言葉はそういうものではない。


「優しいのは嬉しいけれど、今は、信じてる、がんばれ、って言ってほしいかな。」


「そ、そうか。難しいな。しかしそれは、言ってもよかったなら是非にも言いたかった言葉だ。

 頼んだ。ここを任せられるのは、やはりアイシャだ。余も、力を尽くしてアイシャの勝利に続こう。期待している。」


 王子の膝の上で手をとって優しく語りかけられた聖女の顔が真っ赤に熱くなり、細かく震えだした。

「やばい。にやけて止まんない。わたし、今ならなんでもできる。」


 頼もしいな、そう答えようとしたサディクは薄く笑って口をつぐむ。すでに少女は安らかな表情で寝息をたてていた。


 そして、ノコノコと様子を見に現れたヤクタ。


「アイシャ、いいよな。」

「いい……。」

「サディクっち、仕事はいいのか。」

「もう、済んだ。あとは演説と号令だけだ。その後は、どうなるだろうな……」

「なンだか腹が立ってきた。予定変更だ。禁欲はまだ続けろ。」

「酷いぞ、貴様…」


 それ以上の会話もなく、これから戦場になる舞台を見下ろす2人。

 真夏の太陽はその全貌を現して、早朝から容赦ない光と熱を叩きつけてくる。昼には、その灼熱が決戦の最大の敵になるだろう。


「アタシは、準備してくるわ」と言い残し、ヤクタは去っていく。

 残されて手持ち無沙汰なサディクは、膝の上のアイシャの髪をかきあげて寝顔を愛でたりしていたが、不意にその目がパチっと開いたのでのけぞるほどに驚く。



「いい匂いがしますね! お腹、減った!」


「あー、ああ。今日の朝食は末端の兵まで肉を食わせる。

 が、朝から赤身のステーキでは胃の腑に悪いからな、挽き肉にタマネギや香草を混ぜ焼きにしたクーフテ(ハンバーグ)だ。余は、焼いただけの肉よりこちらが好きだな。」


「そんなに好きですか、タマネギ。いや、私も好きですよクーフテ(ハンバーグ)。ごちそうだ! 楽しみだなぁー、行きましょう、食べに!」


――――――――――――――――――――――


 朝食は、贅沢も体験してきた私だけれども、まあまあ美味でした。コトによるとこれが人生で最後の食事になるとしたら質素で残念な感じなことは、そうならないよう頑張ることでなんとかしよう。


 食事のあとは、身支度。カーレンちゃんと、女騎士ナッちゃんの部下さんたちにも協力してもらう。服装は昨日決めたスペシャルなドレス。髪もバッチリ結って、メイクも決める。

 隣では、ゲンコツちゃんも一緒に身支度。決闘の助太刀をお願いすることになったからね、彼女も、ふさわしくおめかししてもらわないといけない。



 それにしても、と思う。


 やっぱりこの服、バトル向きじゃないよね。あの聖女服も拘束着みたいなもので全然“向き”じゃなかったけれど、これは輪をかけてる。

 昨日のテンションは何だったんだろう。魔が差した、とうならばイブリース(ルシファー)くらいのとんでもない魔に差されたものだ。


 別に、今からでも「止める」と一言いえばいつでもやめられるだろうし、笑われもしないだろう。でも、そんなの、(シャク)だ。やってやろうじゃないの。


 ゲンコツちゃんは、メンズのちょっと子供っぽいかもしれない晴れ着を選んでいる。道場の特別な服で、持参していたのだとか。

 それより、彼女のメイクだ。カーレンちゃん特製の、あの時のメスのオーガスペシャル。これが、バッチリ(ハマ)って、見違える姿。「どうしてもっと前からこうしていなかったの!?」と見る人全員が叫ぶ、男装の麗人の姿がそこにあった。嫉妬。



 ところで、“神の子”の呼称をカーレンちゃんからゲンコツちゃんに押し付けるのがこの旅の唯一にして最大の目的だったのだけれども、ここに来て、カムラン神と直に触れたゲンコツちゃんが“神の子”を自称することに難色を示しだした。


 これに関しては、カーレンちゃんが「じゃあ、“奇跡の子”にしよう。」と提案して、一瞬で解決。

 それでいいのかな?いいの?なら、いいや。



 わたしの側は、おそろいのオーガメイクを提案されたけれども断固としてナチュラルあまあまメイク一択。ちゃんと可愛くしてね。

「アイちゃん、何しに行くのかわかってる?」って、あなたの結婚話を潰しに行くのよ、言ってるでしょ。


 侵略者を退け、国を守り民を安んじるのはサッちゃんとナッちゃんの仕事、飽く迄(あくまで)も。カーレンちゃんこそ、わかってる?


「わかってるってば。感謝してるしぃ。本当に、一番の友だちだよ、アイちゃん。でも、どうしても本気っぽく見えないんだよね。

 その……手に持ってるのが武器? 大丈夫なの? 私のお馬さん丸、貸そうか?」


「これ、棍棒というか、太い(ムチ)みたいで案外馴染むんだよね。見るからにコワいでしょ、悪ガキにお仕置き!には、これがいちばんだよ。」


 とどめを刺すのはゲンコツちゃんの役割だしね。と(うそむ)きながら、手に持ったイライーダ大将軍の髪を結い上げた束、それをヒュンヒュンと振り回す。

 みんな、イヤそうな顔をしてる。そうよ、そのイヤな感じ。心が揺さぶられるの。


 昨日からずっとなにか忘れている気がしていたのも、軽くて良い感じだった剣・男爵丸をあっちに置き去りにしてきちゃったから、剣がないことだったんだ。あっ、と思い出したのも今朝のことだから、もうどうしようもなかった。

 でも、この禍々しさ。あまあまキュートなわたしには最も欠けている部分だ(べ太郎などには異論があるだろうが)。不吉な戦いの舞台に向かう相棒には相応(ふさわ)しい。


 さあ、準備は万端、細工は流々。あとは、合図を待つだけだ。







ところで、ムチ(鞭、笞)にはどちらの漢字でも、インディ・ジョーンズや悪魔城のシモンみたいな長いヒモ(bullwhip)と、乗馬鞭や名作劇場の女教師とか双鞭・呼延灼が持ってるような革や竹製のしなる棒、あるいはただの棍棒の2種類あります。

ここでは後者の、棍棒の一種だけど棍棒と呼んでしまうとちょっとイメージが違うかな、でも鞭というとピシパシやるイメージだから、ということで笞と書きました。

ちょっとややこしいですね。


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