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172 恋のドキドキ


「わたしのイメージでは、天使様とか天女が降りてくるときには、光といっしょに天上の(ガク)の音が鳴り響くものなんですよ。光るのは十字架でいいから、神様的な、この世のものじゃない音楽を鳴らしてもらえませんか。」


[音楽か!? 音楽か。……うーむ。…軍楽でいいか?]


 アイシャ渾身の名案にも、武神のノリが悪い。音楽神ではないためか。

 いまいち頼りにならないのは残念だが、彼なりになにか当てがあるのならそれでお願いしよう。


「軍楽? は、わたしが知らないから、おまかせします。なんかカワイイ感じのヤツをお願いします。それで、まあまあ盛り上がるんじゃないですかね? ヤクタはどう思う?」

「そうさな、盛り上がるといえば酒と博打だが、そういう訳にゃあいかねンだろうな。あとは、処刑とか、盛り上がるぞ。違うか?」


 いろいろ以前に、決して当てにしてはならない人物というのも存在する。根本の方向性が合っていない、などだ。いわゆる、論外。こればかりは聞いたほうが悪い。

 丁重に無視して、武神とアイシャでどう入場して、どのタイミングで、どう光りながら音楽を鳴らすかなどの手順を打ち合わせる。



 妙に盛り上がっているなか、物見櫓の階段を登る足音も高らかにやって来た人物がいる。サディク王子だ。

 供の一人も連れない身軽さで、表情も先のナデナデ術以前のやつれた顔よりもずいぶんマシになっている。暗く見えづらいなか、篝火の赤い光のせいかも知れないが。


「アイシャ、寝られないのか。余もだがな。…少々、話す時間がとれないか。いや、中身のある話じゃない、無駄話がしたくて。」


 はにかみながら話す王子、雰囲気に当てられて照れ照れの聖女、こっそり物陰に隠れる盗賊、黙ったまま、帰る気はなさそうな武神、たちが、遠い喧騒がこの場の沈黙をより強調している空間でモゾモゾと身じろぎした。



「うん。お話。いいよ。」


 思わず出てしまった甘ったるい声に自分で戸惑いながらも、アイシャは遠くからの視線を感じている。

 さっきまでの相談の間は感知していなかったものだ。と、言うことは極めて(タチ)が悪い出歯亀(のぞき見)神の仕業(シワザ)であろう。ラヴの雰囲気を台無しにしてしまうとは恋愛神失格だ。ダメ神だ。

 うなじの毛を逆立てて、ピリピリと警戒の網を張ると相手なりに何かを察知したのか、視線の気配は遠のいていった。

 

「何か、あったのか。ただごとでない気配が余にも感じられたが?」

「あれは、もういいです。お話……なにを、話しましょうかね?」



「気楽な無駄話というのも、案外難しいものだな。適当に喋ればなにか話せるだろうと思って来てみたが。」

「あぁ、わかります。」


 お互い、言葉少なに間合いを探り探りで、横並びに座って明日の戦場に現れたオブジェを眺めている。涙滴型だったそれ(・・)は幾分か膨らんできている。


「時々丁寧語を混ぜてくれるようだが、気にしてくれなくてもいいぞ?」


「ちょっとは、こういうのに憧れもあったから。わたしの旦那さまー、みたいな。人目もありますし? サッちゃんこそ、“余”よりは“俺”っていってたときのほうが恰好よかったな。アッちゃんお兄さんも“僕”だったし。」


「それこそ、人目があるんだよ。どうせ今も、そこらじゅうで聞き耳立てられているだろう。もし余に兄ほどのカリスマがあれば、“俺”でも“オイラ”でも好きなように言えるのだが!」



 それは考えすぎじゃないか。そう言おうとして、「なんとなく」で言っていい問題でもないのかなと、わからないだけに彼女なりに慎重になって黙り込む。

 短い沈黙だったが、話題を変えようとサディクが新しい話題を振る。


「余は、タマネギが好物なんだ。」


 急に、何の話? 驚いたアイシャが視線をさまよわせると、戦場のオブジェは言われてみればタマネギ型といってもいい形になっている。意外に、食いしん坊さんなのかな。相槌を打って、続きを促す。


「タマネギは保存がよく効くし、軍の糧食にも向いている。傷薬にもなる。大将としては、タマネギを喰っていれば兵士たちと同じ粗食で一緒に戦っているアピールもできる。」


 その辺はアイシャにはわからない世界だが、たしかに王子様もタマネギがお好きと聞けば、そうでないより親しみが持てるかもしれない。


「一度調子に乗って、末端の兵と同じ食事にしてみたときは現場の士官から総スカンを食らったな。家来が余より豪勢なものを食えないからな。あれは失敗だった。」


 ハハハ、とサディクが笑うので、あわせてアイシャもうへへ、とお追従に笑ってみたが、どちらかというと話題の無骨さに呆れている。さすが、鉄のサディクと呼ばれるだけのことはあった。



 こっそり、ヤクタが忍び寄って2人に1枚の広い毛布をかけて去っていく。

 雰囲気づくりの助っ人だろうが、「もっと寄れ」と蹴られたことにアイシャは納得がいっていない。


 ともあれ、夏の夜中にすこし肌寒さも感じる風が吹くなか、少年少女が同じ毛布にくるまって戦場のタマネギを眺めている。

 いや、あれはタマネギじゃない、花の蕾だよ。アイシャはこれをいつ言おうか迷っているが、そんな様子も客観的には絵になる2人ではある。タマネギのかわりに、今度はアイシャから話し出す。


「サッちゃん、さ。この間、禁欲してるって言ってたけど、明日の戦争が上手く終わったら解禁してもいいんじゃない? 禁欲。」


 そわり、と気配が揺らぐ。2人の間の空気まで固く、熱くなるようだ。

 外気は肌寒くても、毛布の内の相手側が汗ばむほどで、その体温が王子の焚きしめた香の匂いを強くして、サッちゃん、緊張してる? と、動揺を見透かしたアイシャが調子に乗る。


「アイシャ、自分で何を言ってるのか解ってるのか?」

「わかって、ない! でも、欲をちゃんと持て、ってカッコよく語った人が禁欲してるのはちょっと納得いかないかな。

 わたしも頑張るから、一緒にめくるめく欲望の世界に飛び込みましょう!」


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