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迷子の無双ちゃん ふわふわ紀行 ~予言と恋とバトルの100日聖女は田舎の町娘の就職先~  作者: 相川原 洵
第十二話 ドキドキ!恋バトル

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171 天の神と地の人と


 お風呂に入って清潔な夜着を着て、ベッドの清潔なシーツにくるまって、心地よい疲労感の中でまぶたが自然に落ちたからといって、必ずしも眠りに落ちられるわけじゃない。

 外はざわざわしているし、まぶたの裏の視界には怒った人の顔、怖がる人の顔、死んでしまった人の顔が次々に浮かんで、戦場でわたしが受けている厚遇を見て「ふざけてんの?」って言ってくるみたいだ。


 とても寝てはいられない。夜着の上に薄物を羽織って、ヒールなんか無いつっかけ(スリッパ)を履いて寝所を出る。

 西の夜空には煌々と、満月にすこし足りない月が浮かんでいる。

 すこし湿気を含んだ風が吹いていて、朝にはまた霧になって決戦が延期になったらいいのに、なんて期待が顔をのぞかせた。



 夜番の兵隊さんに挨拶して、物見の櫓に登らせてもらって辺りを見回す。オークさんたちもこんなに遅ぉーくまで作業を続けているようで、その物音がかすかに風に運ばれて耳をくすぐる。


 誰も彼も、死にたくはないのだろうから、コトここに来たら素直に精を出して備えるほかないのだろう。

 なるべく一人でも多く死なないように、オークさんたちは戦わずさっさと逃げてほしいものだ。わたしたちは、逃げたらウチの一般市民が彼らに殺されたりするから、戦わなきゃいけない。

 あのやる気がない腹痛(ハライタ)の兵隊さんはまだ寝てるだろうか、観念して働いただろうか。死地に送られる予定のアーラマンちゃんなどは探さなくてもわかるほどヤル気に満ちた気を放っている。物騒だ。



「眠れなくても、体は休めておけよ。」


 ヤクタが後ろからやって来て声をかけてくれた。ちょうどいいところに。武神様とちょっと話したい気分だったんだ。呼び出してよ。


「へい、へい。エルヤちゃん係のヤクタですよ。とっつぁん、聖女様がお呼びだぜ。」


[あまり、気軽に呼び出すな。微々たるものでも神力を消耗するんだ。]


 本当に出てきた。さすが、真の聖女ヤクタ。でも、そういうことなら申し訳ないから手短に話しましょう。



――――――――――――――――――――――


 ぬるい空気がたゆたっている。じっとしていると体が夜露に濡れていくようだ。そんな夜気を振り払うようにヤクタはブルリと大きな図体(ずうたい)を震わせる。

 アイシャは、手をグー、パーと閉じたり開いたりして、子供が何かを考えているかのような所作で背を丸めている。武神は、せっかく出てきたのに無言で待たされているが、湿気た空気を読んで黙っている。


 おもむろにヤクタが立ち上がり、アイシャの頭に停まろうとした蛾を払ってやったタイミングで超☆聖女が重くなっていた口を開いた。



「武神流の呼吸で見たらさ、私たちって、すごく小さな生き物の集まりで出来てるじゃないですか。そんで、そういうのが集まった腸とか、心臓とか、肺とかになって、それはそれで中くらいの生き物の意識でただそれぞれの仕事をしながら生きてるけれど、案外、大きな人間の一部だって意識はなくてさ。」


 何を言い出すんだコイツ。ヤクタは自然食品販売員を見る目線を超☆聖女に注ぐが、構わずにアイシャは続ける。


「そういう、小さな命たちのひとつのまとまりがわたしたちなんだけれど。ひょっとしたら人間の一人ひとりも(はらわた)の小さい命のひとつみたいなもので、みんなを集めた“わたしたち”で、もっと大きな生き物みたいなものの一部なんじゃないかって。」


 とりあえず一息ついたアイシャが上目遣いで、見えない武神の様子をうかがう。

[まずは言いたいことを全部、言ってしまえ]との武神の保留の態度を受けて、言葉を続ける。


「だから、“わたし”っていう一粒が思うだけじゃなくって、その“わたしたち”っていう、たくさん集まったもうひとつ大きな生き物が「戦争は嫌だ」って思うようにできたら、“わたしたち” みんなが戦争したくなくなる。って、できないかな。」



[……武神流の技に、そういう技術があるのか、という問いかね。]

「なかったら、いいです。」

[いや、そういう“集団の無意識”に働きかけることができる存在を、神と呼ぶんだ。アイシャ、神になりたかったのか。]


「えぇ? いや、あの人たちの仲間になるのはちょっと、勘弁してほしいです。」


「フン、言いようは気に食わんが、そういう一足跳びに結果を求めるのは、俺も好かん。孤剣の限界を究めてからでも遅くなかろう。お前の寿命はまだ80年以上あるのだからな。」


「あ、まだその設定、生きてるんですね……。」

 


 曖昧な考えを曖昧なままに聞いてみたが、要するにできない、と理解しておけば良さそうな返答で、笑われなかっただけありがたいものだといえよう。

 ところで、朝から、何か足りない、なにか用意し直さなければ、と思ってたことが、まだ思い出せていない。なにが足りなかいんだろう?

 要領を得ない表情のまま無言でいるアイシャに、今度は武神から語りかけた。


「アイシャよ。あのサウレという阿呆は、阿呆なだけに、ほかの阿呆の気持ちがよくわかる阿呆だ。きっと、明日の決闘の前にとんでもない阿呆ウケ狙いの仕掛けを繰り出してくるに違いない。

 我々も、なにか仕掛けておかねば地味との(そし)りを受けかねん。なにか、周囲の度肝を抜いてやる策はないか。磔刑台を光らせるような。…おぉ、ヤクタも考えるがいい。」


 人に阿呆を連呼しておいて、自分は阿呆の気持ちがわからないらしい。相変わらずの傍若無人ぷりで、神の仲間入りを遠慮したアイシャは好判断だったといえよう。が、光るといえば、これは是非にもなにかひねり出さなければ、今度こそ磔刑台に吊るされかねない。

 助けを求めるように周囲を見回した彼女の目に、異様なものが映った。



 オーク軍の陣と自陣のちょうど真ん中に、奇妙な涙滴型の巨大なもの(オブジェ)がそそり立って、月明かりと遠くの松明の光に照らされている。

 夜中のことなので見えにくくはあるが、つい先程までは確かに何もなかったはずだ。


 アレは何か、こちらでも、向こうでも指さして騒ぐ声が聞こえる。が、アイシャにはそれを見てひらめくものがあった。

 フフーン、そう来るんだ。ならば、受けて立ちましょう。

 ひとり生ぬるい笑みを浮かべる超☆聖女を、ヤクタは気味悪げに眺めつつ、武神は無言で発言を促すのだった。


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