170 決闘ドレス
なんと、決闘を明日に控えて、地元からステージ衣装の応援物資が届いた。なにぶん、こちらの身内は不調法者ばかりでこういった気遣いが足りない。
それにしても、もともとわたしの地元はヤーンスの町で、領都イルビースまでは含んでいなかったんだ。こうやって活動の広がりに合わせて“地元”といえる範囲がが広がってるの、なんだか大人っぽくない?
「アタシに地元トークを聞くなよ、わからん。それより、そのハイヒールは何のつもりだ。やめておけ。」
「ヤクタ。これをやめるということは、錦を飾った故郷に帰るときに着古しの普段着を選ぶようなものだよ。せっかく贈ってもらったんだから善意には応えないと。」
「いや、その靴で戦えンのかって話だよ。靴に頬ずりはやめろゲンが悪い。
そんなら今、履いてみろよ。 ……そら、産まれたての子鹿のようだ。」
「明日までに履きこなしてみせるよ! それでいいでしょ。あなたみたいな足長デカ女に私の気持ちがわかるもんですか!」
「オマエにゃ他にやることがあるだろぉ。ジュニア、お前も言ってやれ。」
「ハーフェイズにも止められない女を、おいらが止めろって? 無理だぜ。
…エグい舌打ち。アイシャちゃん、君のせいで俺の恋が終わる音がしたんだけど!」
*
外野はうるさいけれど、靴はハイヒール。ほら、世界が違って見える。
いままで、自分のためのものだとは思ったこともなかったから考えもしなかった、この7センチ。ちょっと形が合わなくて足が痛いし、姿勢が無理で足の筋がパンパンに張ってる。それでも、このスペシャル感には代えがたい。
衣装は、アンチパンツルック派なので、たくさん頂いたのに候補は限られる。足が長くなったので、スラッとしたラインが出るのがいいな。そのぶん、上をふんわりボリューミィにして、聖女らしいアクセントをアクセでキメよう!
「イヤ、もう好きにしたらいいけどよ。カーレンとかデンカの意見も聞かねェか? ついでに、その衣装でカーレンやハーフェイズおっさんと練習試合してみたらいいさ。」
それは、良い案です。じゃあ、わたしは服を着てみてサッちゃんを起こすから、カーレンちゃんを連れてきてね!
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「お、おお、アイシャ。来て、さっそく着てくれたか。
よく似合っている、綺麗だ。スラッとして、見違えた。そうなると、髪も結い上げて宝冠か聖女のベールとかも被せたいな。」
サッちゃん、起きるなりナイスアイディア。うふふ、褒めてくれる人がいるのは大事なことだね。ヤクタみたいに茶化されるばかりじゃ、心の潤いが足りなくなっちゃう。
ティアラは小さいけれど包みの中にあった。髪職人は? ナッちゃんの家来衆にできる人がいるかしら。
サッちゃん、ジュニアと重要事項を検討していると騒がしいのが帰ってきた。
「まぁ! アイちゃん、大きくなっちゃって、まぁ!」
そうだよ脚が長くなって大きくなったよ。でもその言い方はどうだろう、親戚のおばちゃんかな、カーレンちゃん。
「アイシャがこの格好で決闘しに行くって言ってンだよ。どうよ。」
ヤクタの補足説明でサッちゃんのほうが目を丸くしている。そんなにダメ?
「アイちゃんができるって言うならできるんじゃないのぉ? 私は、いいと思う。だって、女の子だもん☆」
さすがカーレンちゃん、話がわかる。
そういうことだからね、歩行訓練から始めよう。今日中にこの靴で走れるようになることが目標だ。みんな、不安そうな顔をしないで。信じることが一番大事だよ。
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カムラン神プロデュースのゲンコツちゃんの新技については、明日までにカタチになりそう! とのこと。なんでも、技に必要ないくつかの高度な動作も使えるようにレベルアップされていて、カーレンちゃんほどではないにせよ強くなっているらしい。
「決戦でも、アイちゃんが頑張って敵を弱らせて、トドメだけゲンコツちゃんが出てきて秘剣でやっつける作戦。イケるよ!」 だって。
マフディくんが弱るまで、わたしがゲンコツちゃんを守りながら戦う作戦ね。いいよ、やるよ。
彼をいくら殴っても、サウレ神が痛くないんじゃあ納得できないもの。グリゴリィさんからモルモルを引き剥がしたときでも、モルモルは無事だったし、あの二の舞いではつまらない。
だいいち、ああいう憑依?と、わたしやカーレンちゃんの“使徒になる”感じは別っぽいし、あちら側もたぶん同じ方向性だ。
この結びつきを切れるなら、見せてもらって大いに参考にしたい。わたしの方の縁は切りたいわけじゃないけれど、武神流の使徒だってやらされてるんじゃなくって、自分で選んでやってるんだという立場は取りたいじゃあないですか。
*
その夜までに4回足をくじいたけれど、もう回復もお手のものだ。あんまり痛いと息が詰まってしまうから回復も遅れてしまう欠点があって、万能じゃないのはちょっと不安かな。
まあ、大丈夫。な、気がする。
陣中はすごくピリピリしている。みんな、昼間じゅう明日の準備を頑張ってたみたいだけれど、万全にできただろうか。
敵のオークさんの方でもあかあかと篝火が焚かれて、城跡の外側に木の柵や瓦礫でつくった壁、忙しく走り回る兵士たちを照らすのが見える。
夜が明けたら、この真ん中でわたしとゲンコツちゃんと、マフディくんで戦う。その勝敗がどうなるにせよ、その後で両軍とも正面から全軍あげて戦う戦争が始まっちゃうらしい。
また、たくさんの人が死ぬんだろうな。
夜空は澄み渡って、月がよく見える。もうすぐ、武神様と関わりだして2度目の満月だ。
あの月とこの月、本当に同じ月かしら? ひょっとしたら、今のわたしはあの日、悪人に捕まったかわいそうな女の子が最期に見ている幸せな夢なのかもしれない。それほど、現実離れした日々だ。
幸せな、というには少しばかり塩味が強いけれども。
とりとめもない思いが浮かんでは消えて、夏の夜風に吹き流されていくみたい。すこしセンチメンタルな気分に浸っていると、ヤクタとカーレンちゃんが呼びに来てくれた。晩ごはん、お風呂、そして寝る。
いつもと同じ今日の終わり、そして明日の終わりはどう過ごしているだろう?
【第十一話 決戦前夜】、タイトル通り暢気な話でした。次からの話は割と殺伐としてくるかも。重くならないよう、主人公のふわふわマインドに期待です。
【第十二話】、タイトルはまだ考え中。明日あらすじを更新して、明後日から続きます。