169 決戦前日
翌日。5日の後に決闘と言われての4日目。朝からバタバタと、兵隊さんも部隊長さんも将軍さんも叫びながら走り回っている。活気に溢れているね! 当日までに息切れしないのかな。
わたしは昨夜、ナデナデ回復医術(魔法とはあんまり呼びたくない)をゲンコツちゃんとヤクタに施術して、精神的に疲弊していたので早々に休むことにした。
ゲンコツちゃんとヤクタも、回復後は無理せず休んだほうがいいだろうと思ったので、騒がしい十字軍キャンプよりは静かな聖女さま部屋で寝てもらった。
そして朝、喧騒を遠くに聞きながら2人といっしょに優雅に朝食を頂いている。
ヤクタの負傷は、骨折含めてほぼ本復まで持っていけたらしい。スゴイね、人体。
「今日はのんびり骨休めして、明日準備する。か、今日準備して明日骨休めして備えるか。ヤクタなら、どっちがいいと思う?」
「え? あー、そうだな、それなら、疲れを残さないように2日とも軽く体を動かして、敵味方の情報をたくさん集めて整理する、かな。
ちょっと言いたいこともあるが、後にして、ゲンコツならどうする?」
「ジブンっスか? そうスね、2日とも限界まで修行して、終わってから寝まス。」
真面目だなぁ、みんな。さすが、団のボスたち。
で、ヤクタの言いたいことって?
「5日後に決闘、って言われたんだから、明日決闘じゃねェの? みんな、そのつもりで動いてるぜ。」
「え?」
「ん?」
「はぁ…」
「えぇーーーーーっ!」
「余裕こいてたのは、大物だからか、また現実逃避してンのかとも思ってたが、まさか日程を……間違ってンのは、どっちだ!?」
心底呆れ果てたって声色でヤクタが凄んでくる。やめてよね、その顔、怖いんだから。
でも…考えてみたら、昨日、サウレさんが「明後日の決戦」って言ってた。聞き返したかったけれど、そんな暇がなかったんだ。どうしてそんな勘違いをしてたんだろう?
「ごめんなさい、急いで準備しましょう!」と慌てたところで、
「聖女さま、サディク殿下がお呼びです、至急お越しください!」
と、呼びに来たのはナッちゃんとジュニア。珍しい組み合わせだ。
とりあえず、ゲンコツちゃんはカーレンちゃんと昨日もらった技を確認しておいて、と言い残し、出頭することに。
*
「アイシャ、こんなタイミングで呼びつけてすまない。準備が山積みだろうに。」
会うなり、サディク殿下が気遣ってくれる、けれどもその言葉は今のわたしにはきつい皮肉だ。つらい。
そのサっちゃんはといえば、目の下のクマもますます黒く、フラフラしながらも奇妙に晴れ晴れとした表情だ。いつから休んでないんだろう、もう死相が浮かんでいる。やばい。
まずは何をおいても、お顔を中心にナデナデ回復術だ。まださすがに乙女として、チューの回復術は無理。
無言のまま歩み寄って、ペタペタと撫で回す。頭の血の巡りがなんだかおかしなことになっているので、その修正だ。こういうのは、だいぶん慣れてきた。
周囲のサッちゃん側近さんたちは止めたそうにしている気配だけれども、ここは断固、続けさせてもらいます。サッちゃん自身も最初は驚いたみたい。でもすぐに気持ちよさそうにしてくれている。
施術が終わる頃には、彼は恍惚とした表情で眠っちゃったので要件はナッちゃんから聞いた。
なんと、領都イルビースから決闘用衣装類の差し入れがあったんだって。添えられていた手紙によると、決闘が決まったその日にモルモルからナヴィドさんに連絡がいって、ミラード叔父さんを通してサディク派閥イルビース支部の総力を挙げての超特急プレゼントなのだそうだ。
つまりこの巨大な包みは、亡きモルモルの形見とも…ちょっと嫌だな、普通に聖女ファンの善意だと思って、頂こう。
*
衣装、と聞いてはヤもタテもたまらず、この場でさっそく開封。後ろで「殿下もここで見ていただくおつもりでしたので…」みたいな会話が流れている気がするけれども、眼の前のものたちのほうが重要だ。
ナッちゃんは「わたしは、仕事がありますので」と去っていった、気がする。
サッちゃんは気持ちよさそうに眠っていて、側近がたは終わらない事務仕事にいまも追われている。何の仕事がそんなにあるんだろう、後で彼らもナデナデしてあげようか。
そんなわけで、開封作業のお手伝いは特に役目がないジュニアと、野次馬のヤクタ。
先に広げてくれていたら良かったのに、とぼやいたら「なにぶん、つい先ほど届きましたので」と側近さんが仕事をしながら頭を下げる。
なんだかかわいそうになってきたので、あ、そうですよね、なんて言っておく。
そして出てきたきらびやかなドレスたち。領都生活の間には結局ふれられなくて、未練だったものだ。
夢の、イルビースブランドのドレスに十重二十重に囲まれて、少女時代の目標がまたひとつ達成された。
目的を考えてパンツルックでスラッとしたものが多いけれど、コルセット付ヒラヒラドレスや、背中全空きのマーメイド、子供服っぽいカジュアル系、セクシー踊り子風、見たこともないような外国風とか、けっこうなご趣味のものもたくさん。
サイズは、大外れはしていないようだ。叔父さんの家に置きっぱなしにしてきた普段着を参考にしたのかな。
いろいろなキラキラの中でひとつ、わたしの目を掴んで離さないものがある。夢見心地で手にとる。頬が熱くなり、目が潤む。
ヒール高7センチの、真珠飾りのハイヒール。
「おい馬鹿やめろ。」
ヤクタの声がくぐもってずいぶん遠くに聞こえた。