164 前哨戦
敵の、とりあえずの大ボスに挨拶に来たところ、問答無用で殺されようとしています。いや、殺されないけれどね。
ひとつ、大きく伸び。うぅーん、と背をそらしながら腕を突き上げると、処刑人さんたちも戸惑った様子。
なんとなく空気がゆるくなった隙に、腰にさげた剣、男爵丸をスラリと抜く。練習の成果が出た、カッコイイ抜剣姿にピリリと雰囲気が引き締まる。
今日はサウレ神の案内で来ているので、どさくさで剣を取り上げられたりはしていない。まぁ、剣が無ければ無かったでなんとかするけれど、エルヤ武神さま的には剣を使ってほしい空気がなんとなく伝わるもので、剣を使いたい。
同行者の女騎士ナスリーンさんはかなり緊張しているみたいだ。べ太郎も、固くなってはいないけれども気を引き締めて、一見、棒立ちなのにいつでも走って逃げ出せる体勢でいる。
「ちょっとの間、離れるからがんばってね!」
ナッちゃんにコソッと一言いいおいて、武神流スーパージャンプ!
ひとっ飛びにイライーダ大将軍に襲いかかり、その頭の上に高く結い上げた髪を切り飛ばす!
殺したらダメらしいからね、ちょっとした嫌がらせに留めざるを得ない。だとしても、これ、急所狙いにしてたら防がれたところだったよ。見た目はそれっぽくなくても、確かに初対面時のハーさんにも近い凄腕の武人だ。
でも容赦をしてる暇はない。
反射的に立ち上がって備えようとする彼女の力を利用して、剣は投げ捨てて懐に踏み込み、放り投げる!
「受け止めてねッ!」
今にもナッちゃんに襲いかかろうとしていた処刑人たちに向かって大将軍が飛んでいく。
「貴様アッ!」
なんて飛びながら叫んでいる。悪いのはあなただよ、恰好悪いなぁ。自業自得だね。
そして、わたしの手元には、剣は投げちゃったので、イライーダの髪の毛の束。剣を使いたいと思ったのは本当だけれど、仕方ないのでこれを武器にする。
この、斬ったばかりの髪の毛の束。ふんわりさらさらヘアの対極にある、針金並の剛毛をを撚って束ねて縛り上げた、まさに棍棒といって差し支えない代物。男の人の首の骨くらいなら叩き折れそうなアイテムだ。
のんびりはしていられないので、全力で、目に付く周囲の司令部スタッフさんたちを叩き回して、ナッちゃんのもとへ駆け戻る。
叩き回した人たちがどういう仕事をしているのかはわからない。でも、10日は元気に戦えないくらいに叩いたから、次の決戦では仕事ができないだろう。これで、サッちゃんの役に立つかな。
*
[何を、しておるかァ!]
おや、サウレ御大が弟子のマフディくんを伴って再登場だ。
困りますよ、あなたも神の端くれなら信徒の躾くらいしっかりやってくれないと。
そう、文句のひとつも言ってあげようとしたところに一歩前に出てきたのが、問題の狂戦士くん。
「アイシャ、本番の前に危ないことをしてちゃあダメじゃないか。困ったことがあったなら、いつでも俺を呼んでくれよ☆」
ぞわっと来た。背筋に、悪寒が。なんだろう、この子の何がダメなんだろう。
見た目はずいぶん良くなってる。貴族のご令息かと思えるような衣服だけでなく、白皙の肌に薔薇色の頬、所作に合わせて揺れて輝く髪、立ち姿の人品など、短時間で磨き抜かれた様子は羨ましくなるほど。
でも、目の奥、魂の姿が粗暴凶悪な狂戦士から1センチも動いていない。そして、不思議なゆらぎも見て取れる。なんだろう、ちょっと気になる。
「貴様ら、何をしているッ! その狂戦士はやはり敵と通じていたのだ! 討て!殺せ!」
[だまらっしゃい!
…明後日の決戦が、せめて少しは勝負になるように現場指揮官を妾とマーくんで間引いてやったばかりだというのに、お主の勝手な判断で後方の参謀まで払底してしまっては戦えなくなってしまうではないか、たわけ!]
こちらでモタモタしていると、向こうで処刑人たちにお神輿のように受け止められたイライーダ将軍がヒステリックに叫んで、それに応じてサウレ神が理不尽極まりないことを言っている。
やっぱり、わたし神様のノリって合わないわ。
あちらの都合は放っておいて、こちらとしては、一応わたしも使者なので、確認しないといけないことがある。
「イライーダ将軍さん、妹のマリアムちゃんはどうなってもいいってこと?」
「貴様がそれを言うか。殺したければ殺すがよかろう。ただ、この国の民どもに報いを知らせてやるまでだ。」
本当に、話の通じない人というのはいるものだ。さすがにどう言い返せばいいものかわからなかったのでナッちゃんに目を向ける。さすがに顔色が悪い女騎士さんだけれど、沈痛な表情で首を振りながら、一言ささやいてきた。
「伝えるべきことは言ったから、帰ることを考えませんか?」
シンプルだね。そう、本当にその通り。伝えたけれど伝わった気はしない、でも言うだけは言いました。
逃げよう!
この部屋に入ってきた入口には処刑人たちと彼らに担がれた大将軍、さらにその後ろにサウレさんの姿とマフディくんが仁王立ち。
流石にそちらから出るのは強引すぎるので、部屋の横についてある別の扉、たぶん司令部スタッフさん用の出入り口をめざして、一歩踏み出した! が!
確かに背を向ける方向にいたはずの少年狂戦士、マフディくんが正面に立ちふさがっている!
「つれないな、アイシャ。挨拶くらいしてくれよ。傷つくぜ。」
「なぁに、それ。走ってきてないよね。サウレ流の愛の魔法?」
「いや、モルヴァーリド流さ。喰ってやったら、俺も使えるようになった!」
は!?
食べちゃったの、アレを? ナイフと、フォークで、アレを? あるいは、スープ皿からスプーンで、ちゅるんと?