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162 サウレ神


 2日後に決闘と決戦の約束を控え、新任の敵総司令官と、突然崩壊した敵砦の様子を探るために使者として敵陣深く訪れたアイシャとナスリーン、ほか。

 敵兵の間にはいまいち消極的な、だれた空気が漂っているが、そんな空気に乗って問題のサウレ神が遣わした何かが近寄ってきた。


――――――――――――――――――――――


「このピンクのフワフワは魔法ですか、神様パワーですか? おお、触れる。ふわふわ、もちもち!いい!」


[やぁね、だめ。くすぐったい。無遠慮にさわるものじゃないわよ。これはね…仲良くなれたら教えてあげるわ。]


「――あの、そういうことでしたら案内を願います。アイシャさん、ベフラン、いいですね。」


 生真面目なナッちゃん、こと女騎士ナスリーンに仕切られて、先を急ぐ。見回りの兵隊が現れても、先頭のピンク色の物体を見ると身を固くして道の端に寄って通してくれる。

 昨日、何があったかが偲ばれるほどの敵意と、それ以上の恐怖がバチバチと音を立てるように伝わる。


 でも、敵意の向きは飽くまでピンクの方。白旗を持った女騎士と聖女服の女の子と地味男の一団には好奇の目と、時折、舌打ちが向けられるばかり。

 そのピンク色…サウレ神と、目には見えない悪霊モルヴァーリドはお互いの間でなにか交信しているらしく、妙に静かだ。何年前か何百年前か知らないけれど、愛し合っていたらしいから久闊(きゅうかつ)(じょ)するなにかが2人の間にはあるのだろう。邪魔しないであげよう。



 街は、かつてはイルビースの領都ほどではなくても発展したキレイなところだったらしい。今は、全体的にくすんでゴミゴミして、空気もどことなく臭い、イヤんな雰囲気が漂っている。


 そんな表通りを進み、やがて立派な外壁に囲まれた大きな屋敷に到着した。ここが、臨時の司令本部だそうだ。

 サウレ神に案内されるまま、ズカズカと中へ入っていく。



 扉を開けると、よどんで白く濁った空気が流れ込んできた。煙だ。不思議な甘い香りだが、煙たい。あまり良くないものである気がしたので、ナスリーンちゃんの袖を引いて注意しておく。


 部屋は天井が高く、広く、奥に行くにしたがって階段状にせり上がっていく。一番奥は見上げるほど高くなっていて、照明が逆光になって下からは上の人物が見えづらく、上からは下の者の顔が見渡せる造りだ。

 その最上段にはひときわ豪奢な椅子が置かれ、顔はよく見えないが、いかにも貴人の雰囲気を身にまとった女性がだらしなく足を組んで座っている。

 煙はそこから流れきている。傍に置かれた不思議なガラスの器具がコポコポと水のアブクの音を立てて、伸びたパイプから果実の匂いの薫煙が発されている。


 彼女が、お尋ねのイライーダちゃんよ。ピンクのハートマークがそう囁きかけてくる。イライーダ大将軍の耳元には水色のハートマークが、やはりフワフワと浮かんでいる。あれで、連絡をとっているのだろうか。



 問題の大将軍からの反応はない。

 こういうとき、一般的にはこの場で一番偉い大将軍さんが家来の人に合図して、その家来の人が私たちに発言を許可して、それから主に家来の人とやり取りする流れになる。お偉方さんの性格によっては、直接話せることもある。

 そう、みちみちべ太郎から聞かされた。サっちゃんと初対面のときはそうだったから知ってたよ、大丈夫。メレイさんのときは、どうだったっけ?


 そう思って待っているけれど、反応がない。

 壇上の一段下からはオーク族の軍司令部スタッフがたくさん控えている。だというのに、みんな直立不動の姿勢を崩さず、視線をこちらに向けるでもなく真正面だけ向いて立ちつくしている。ザ・暴君と指示待ち軍団の様相だ。


 家来衆は動かないボスに伺いを立てもせず、不動。

 こちらも、ナッちゃんは舐められてたまるか、という表情で不動。べ太郎は都合よく存在感を消して、これもまた不動。わたしだけキョロキョロしちゃっていて、ちょっと赤面。



 (ラチ)が明かないので、“気”を飛ばして相手さんの様子を探ってみる。


「マリアムちゃん、どうして……もう生きていけない。マリアムちゃんマリアムちゃん……」

 ぼんやり弛緩した顔で煙を吸っている。あの煙が心を落ち着ける薬なんだろうか。


 妹さんが心配な気持ちはわからないでもない。ウチでも、お父ちゃんやお兄ちゃんがわたしを心配しても助けに行けないとなったらあんな感じだろうし、わたしもお父ちゃんたちを助けようと大騒ぎを起こしたものだ。

 でも、わたしたちは巻き込まれた側。オークさんたちは違う。勝手なものだ。



「マリアムちゃんは火傷ひとつなくお預かりしてますよ。オークの兵隊さんはたくさん焼け死にましたけれどね。あなたの妹さんのせいで。」


 自分で思ってたよりも棘がある声が出ちゃって、ちょっと焦る。でも、言いたいことが言えたので気分がいい。ナッちゃんも「よく言った!」って、こっそり親指を立ててくれる。べ太郎は、鉄面皮を保ちながらこっそり蹴ってくる。痛いよ、やめて。


 ビシッ!と言われたほうのイライーダ将軍さんは、チラッと一瞬、目に光が戻ったけれどすぐに煙を大きく吸い込んで、元通り、ぼんやりになっちゃう。

 以前のべ太郎の話では、この人を倒すんじゃなくて、この人と外交して和平できないとその後がヤバい。って話だった。無理じゃないの? どうするのよべ太郎。

 将軍の家来さんたちも、表情が見えない。だんだん気味悪くなってきた。


 そろそろ焦れてきたのか、ナッちゃんも自分から口を開く。


「私はファルーサ国東方軍、サディク第三王子麾下、騎士ナスリーンと申します。

 わが殿下からの、マリアム姫の処遇と休戦協定について、提案に参りました。」


 マリアムの名が出た瞬間、再び将軍の目がキラリと光ったようだったが、

[却下よ。]


 と、一顧だにせぬ拒否を叩きつけたのはピンクのサウレ。


[決闘と決戦をやると言っているでしょうに。妾が来たからには、恋も戦いも曖昧な決着は許しませんよ!]



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