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16 新生活 


 武神様から聞かされた、“武神流を受け継いでいない未来のわたし”もとい“ネズミ(ばばあ)”はこの人と仕方なく結婚するも、これがまたとんでもない暴力男で、新婚一週間で歯は折られるわ鼻は曲がって戻らなくなるわ顎は歪むわで、その後も顔を腫らさない日はなかったという。

 実際に見てみると、どうもそんな感じの風貌でもなく、予言を疑わしく思う気持ちも湧いたものだけれども、わたしには警戒心というものが無さすぎる。と、ヤクタに言わせればそうなるので、なるべく、ミラード叔父さんにはノータッチで行こう。

 そんなことを考えながら、つい、


「気をつけてね! この人、すごい暴力癖があるって噂だよ!」


 耳打ちというにはちょーっと声が大きかったみたいでした。「急に何を言い出すの、この子」みたいなポカンとした空気は町でもよく味わいましたが、慣れないものです。。



「あっはっは、どこで聴いたかしれない噂だけど、ミラードは昔から、花を摘むのも草が可哀想だっていって家業を諦めたくらい暴力と無縁な、優しい男だよ。怖がったら、それこそミラードが可哀想だ。」

「やめてよユースフ兄さん、そんなの10歳とかの頃だって。今はもう人を雇う身だから、そんなことばかり言ってられないって。」


 10歳の男の子がそんなこと言ってたら、それはそれでちょっと心配にもなりますが。そんな気持ちが見透かされたかもしれません。


「でもね、アイシャさん、僕は君みたいな可愛い女の子を殴るようなことは絶対にしないし、ましてや兄さんの子供だ。僕には妻も子もいないから、君も父親がもう一人できたくらいに思ってくれたら嬉しいな。」



 優しげな笑みで、じっと見つめながら穏やかに語りかけてくるミラード叔父さん。

 でもね、わたしは詳しいんだ。こういうキメの笑みと声色は、練習しないとできないやつだ。わたしも鏡に向かって、頬っぺをツンツンしながら練習したから知ってるんだ。

 それに、“君”と“僕”っていう人は要注意だ、って町の手習いの先生が言ってた。最近、王都では政治の議論が流行ってて、それをやってる人は少しの意見の違いですぐに殴り合い、殺し合いになるもので、せめて言葉では最大限へりくだって丁寧にしようとして“素晴らしい人(君)”と“その下僕のような私”って呼び合うらしい。そんなやくざ者の言葉を使っちゃいけないって。


 とりあえず今は、この人が本気ヤバい人である可能性を捨てずになんとかやっていくしかないので、下手(したて)に出ながら近い将来、逃げられるようにがんばることにしましょう。


「変なこと言ってゴメンナサイ。頼りにしてますので、よろしくお願いします。」

 お父ちゃんと叔父さんがにこやかにうなずく。兄とは握手だったのに、わたしとはハグ? えぇっ、堪忍してほしいんですけど、ダメ?これが家主権限?和解のサイン?うぅ……


 決めた。今のわたしの目標は、とにかく急いで自立することだ。決めていたけど、あらためて決めた。こんなこと、先月のわたしに言ったら「いやだー、お父ちゃんの脛を一生かじって生きていくんだー」とかゴネたに決まっているけれど、今は、今だ。明日からがんばるぞ!



 そう、目標を高くもって領都イルビースでの新生活が始まりました。そうして5日。

 やることがないです。


 お父ちゃんとお兄ちゃんは、なんとかこの街で、下街の何処かにでも住居を定めて今まで通りの仕事を続けられないか、色んなところを走り回りながら生活再建策を練っています。が、蓄えが豊かにあるわけでもなし、元々要領が良いタイプでもないし、目途が立たないらしいです。

 お兄ちゃんは日雇い仕事、街の外縁よりもう一つ外側にぐるりと土を盛った壁を作る仕事に出ることにしたようです。がんばれー。


 わたしは、最初の2日は持ってきた荷物を整理したり、キレイに掃除したりして過ごしていましたが、すぐに終わってしまって。外に働きに出るにも、今まで働いたことがないので、仕方なく、まず叔父さんの店で手伝えることがないか我慢して聞いてみましたが、特に頼めることがないそうで。はじめての就職、失敗。


 それで、「外を見てきます」って言ってアテもなく街をぶらぶらしています、この3日。下街はたくさん避難民が押し寄せて治安が悪くなっているらしく、わたしも不案内なので遠出はしません。

 そんなわたしの目下の探しものは、“2番目様”と勝手に名付けている、武神様の予言で叔父さんから助けてくれるらしい衛兵の旦那様。それしか情報がないので、パトロールの衛兵さんや門番の衛兵さんをただ眺めるのが日課です。

 その時期が“ネズミ婆”の人生でいちばん幸せだったようなので、予言が本当なら、きっとお互いにビビッとくる美麗な男性が存在しているはず! 肝心の武神様は森を出てから気配が遠くなって、役に立たなく、いや、お話ができなくなりました。一度、森まで戻って神様を問い詰める必要があります。

(月に一度しか対話ができなくなるという注意をアイシャは聞き逃していた)


 衛兵さんを眺めているだけでは不審者みたいなので、暇そうな人を見つけては会話を試みています。わたしは“避難民の子供だけどかまってくれる人がいないから1人でプラプラしている子”という設定で。アレ? 本当のことだ。

 話を聞くと、治安の悪化はやっぱり悩みの種で、下街はてんやわんやしているそう。ヤクタみたいな本物のアレな子も混ざって来てるわけだからね。人が増えたせいで働き手も余って、仕事は取り合いだから嬢ちゃんみたいなぽやーんとしたのは厳しいんじゃないか、ってうるさいわ。

 食料品の値段が高騰する反面、日用品は避難民が売って資金の足しにしようとするから値段がつかないって。お父ちゃん、これは本当にウルトラCが必要ですよ。



 食料品と聞いてまず思い浮かべたものが、森の中で食べた鹿肉。

 焚き火がパチパチと音を立てる中で、赤い生肉がおいしそうに仕上がるなかでじゅうじゅうと油が沸いて、それが火に滴り落ちると煙がボワっと立ち上がって、もうね、匂いが!匂いが!

 食べ物はよく冷ましたのを上品に一口の4分の1ずつ、なんて教わったことを忘れて熱々のを口いっぱいにかぶりついちゃうの。手も口もベタベタなのをヤクタと指さしあって笑いながら食べてたの、楽しかったし、おいしかった!


 荷車を借りて、ヤクタと森に行って鹿を狩ってくるの。自分で食べてもいいし、売ってもいい。どうだろう、相談しよう!





“君”と“僕”の言葉については、日本の幕末に本当にそういう理由で編み出されたという説があります。めっちゃ日本語ですけど。つまり一見大人しいっぽいけど、なんか気取ってて、そこはかとなく物騒な匂いが漂ってる人、みたいな口調のニュアンスだという設定です。雰囲気の話なので、これきり忘れてもらって大丈夫です。


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