159 愛
「俺は、アイシャが好きだ。アイシャは、俺や、…グリゴリィ、を、どう思う?」
ちょっと詰めすぎたかも。サッちゃんの目が座っている。やばい。部屋中の空気が張り詰めて、耳が痛いほどの沈黙が立ち込めている。
要求したぶん、きっちり応えてくれたんだから、ちゃんと誠実に返事しなきゃ。それにしても、恋している!と来たもんだ。すごい。
男の人たちには猫可愛がりされるわりに、貧弱さがネックで非モテ歴=人生のアイシャちゃんに訪れた奇跡。ここに問題があるとすれば、未だにグリゴリィさんに未練があって、サッちゃんの濃いお顔は好みじゃないことくらいだ。
しかも、わりと直前にグリゴリィさんも軟化して、手にちゅってしてくれた。まだ、脈があるんじゃないの?
イマジナリィのシーリンちゃんもヤクタも、巫山戯るなバカ言ってんじゃねぇよ、いま決めろすぐ決めろ、ってわたしの脳内で叫んでるんだけれど。これはわたしの人生。
「わつぃ、…わ…てゃ……み。」
意を決して話そうとしたけれど、舌が固まって音が言葉にならない。顔が熱い。涙が出てきた。少し遅れてようやく、告白されたことが耳から脳に届き始めているみたい。
「あー、急かして悪かった。茶を飲んでくれ。なにも、意地悪を言いたいわけじゃないんだ。ただ、俺にも時間がたくさんあるわけじゃないから、近いうちには答えを聞かせて欲しい。」
「言う! …言います、いま…。」
お茶を飲み干した勢いで、口が動くときに動かす。
サッちゃん、サディク殿下はどこまでも腰が引けた紳士だ。もし、強引な俺様系だったら……あのマフディくんみたいな? アレは絶対ムリだけれど。どうして、この王子様はこうなんだろう。ちょうどいいラインってどんなだろう。
あるていど心が決まると、気持ちもいくらか静まって、自分以外の世界が戻ってきた。そうしたら、お外の空気がざわめき始めているのを感じる。本当に、時間はいつまでもは無いんだ。
「あの。グリゴリィさんは本当にステキな人で、大好きなんですけれど、彼には愛する婚約者さんがいて、それをないがしろにする彼でもあってほしくないので、最初からわたしが何をどう考えてもご縁がなかったんですよ。
………もし、サディク様がこんなに節操なくてバカなわたしでも愛想を尽かさずに同じように想ってくれるなら、わたしも。えーっと、…嬉しいです。できるだけサッちゃんに尽くしたいと思っています。本当です。」
すごい早口になったのでちゃんと聞き取ってくれたかはわからないけれど、言っちゃった。
大丈夫? いま言ったので嫌われない? 言い終わってから涙が止まらない。言ってる最中は止まっていてよかった、こんなになってたら、しゃくりあげっぱなしで絶対言葉が喋れない。
「あ…あぁ、ありがとう。アイシャを大切にすると誓う。泣かないでいいよ。」
そっと、サッちゃんが肩に手を回してくれる。相変わらず心臓はバクバクいって、めまいで頭がくらくらするなか、体を包まれてる安心感で少しだけ気が落ち着いてきた。
外で、ドタバタと走り回るピンク色の気配が目立つ。ゲンコツちゃん含む相当数の人員が盗み聞きしていたらしい。カップル成立を触れ回るつもりかしら、楽しそう。他人事なら絶対超楽しい、ずるい。
今まで気づいていなかったのは不覚だけれど、今後も隠し通せるものではないだろうから、気づいていてもどうもできなかっただろう。
「さて!…そういうことなら、次の戦いでよけいに負けられなくなったな!」
あ、照れ隠しだ。殺伐としていてロマンチックではないけれど、いいね、かわいい。もちろん協力するよ、むしろ、協力と言わずわたしが何でもやってあげたい。悪いオークは、全滅だ!
*
「こ、れで、こ、こい、恋人にっ、…なったわけだよね。」
「ん。まぁ…、そうだな。そうさ。恋人。甘い響きだ。これが、愛…。」
「だったら、さ、ちゅう」
突如、空間に巨大な力が膨れ上がり、押し寄せ、大地を揺らした。
体が、建物が、宙に持ち上げられ、落とされ、揺れて悲鳴を上げる。
「あれを見ろ!あ、あ、あれは!」
「敵陣が。崩れる……」
最初にドンと揺れた瞬間に、サッちゃんが外に飛び出した。
あ、体よく逃げた。と、思わないでもないけれどこれは神様関係のアレだ、ということは、アレだ。
わたしも、続いて表に出て様子をうかがう。
オーク軍が占領して陣地としていた東フィロンタ領都。その城壁が、もうもうと砂煙を上げて崩れていく。
サウレ女神の言っていたことだ。「決戦をすることを妾が決めた。オーク軍の新司令官には、蹂躙して言うことをきかせる。」と。
いまのこれが、たぶんそれだ。
続いて、城の尖塔が沈んでいく、城郭が裂ける。炎が吹き出る。
これで、長い間サッちゃんが攻めあぐねていた壁がなくなってしまって、オーク軍は守りの選択肢がなくなった。それでも数はあちらが多いけれども、わかりやすくお外でサッちゃん軍と戦うか、逃げるかの2つから選ぶことになったわけだ。
「あの力を振るう者と決闘、することになるのか?」
さすがのサッちゃんも顔色が悪い。
「わたしのバトルは地味だけれど、結局、人間の一対一なら派手でも変わらないよ。…いちおう、サウレ流の剣士に話を聞こうとは思ってるけれど、ねぇー。」
敵も本気だ。こちらも、対策を練って当たらなくては。
もう、あんなのに負けてるわけにはいかないもの。